『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか――』 山本淳子著
朝日選書より発売中

 学生の頃、授業で「藤原道長」という人物について学んだ際、なんて傲慢な人物なんだ……と感じた人は多いのではないでしょうか。ほかならぬわたくしもそう感じて、しばらく、辞書の「傲慢」の項目に載っているのでは、くらいに思っておりました(念のため『広辞苑』と『古語辞典』〈旺文社〉を調べましたが載っていませんでした)。

 強引な手法で権力の頂点にのぼりつめ、当代一の作家に自分好みの作品を書かせ、部下を集めた酒席で「この世はぜんぶ俺様のものだ、そう、あの夜空に輝く満月さえもな! がはははは!」と歌ったと、そういう(ずいぶん勝手な思い込みにより)悪役っぽいキャラクターだと思い込んでいたのです。

 そうした思いは本作の著者・山本淳子氏の著作『源氏物語の時代』を読んで、さらに強まりました。特に悲劇の后(キサキ)藤原定子と清少納言の尊い主従関係を知るほどに、「おのれ道長、この可憐な二人になんて非道な真似を……」という思いが強まりました。

 しかし、前掲書で平安時代中期全般に興味を持ち、関連書籍や研究書を読み込んでゆくと、どうもこの藤原道長という人物は、「傲慢な敵役」という分かりやすいキャラクター理解では収まらない多面性と多様性を持っているぞ……ということが分かってきます。

 若い頃から病気がちで、周囲に何度も弱音を吐いたり辞表を出したり、そもそも名家の生まれとはいえ五男坊で出世の見込みは薄く、強引で豪快な父や兄とは距離を置き、家族内で一番長く同居していたのはすぐ上の姉で、その姉があれよあれよと国母となって……。

 こうした予感は本書を読んで確信に変わりました。この本には、道長の「わかりやすさ」を壊す力があります。

 特に、ハッキリとした気づきを得たのは、本書の第五章「栄華と恐怖」を読んでのことです。

 本章冒頭に掲げられた紫式部の和歌、「亡き人に かごとをかけて わづらふも おのが心の 鬼にやはあらぬ(人は災いに遭うと、死者の怨霊を原因と考え、困り果てる。だがそれも、本当の原因は自分自身の〈心の鬼〉ではないのか)」(『紫式部集』四四番/現代語訳は本書88頁より引用)は、「怨霊」という概念の根源に迫った分析です。

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