撮り方もそれまでドキュメンタリータッチからガラリと変えた。
「ぼくは人々の生活の中に入って撮ることが得意なんですが、バンコクではそこから離れて、引いて撮影しようと思った」
作品として成立させるには、「引き」で撮影するほうが難しい。なので、「どこまで引いて撮れるのか、試したい」という気持ちもあったという。
もやもやを押し殺さない
バンコクは近代的な高層ビルが立ち並ぶエリアがある一方、民家や店がひしめき合う別世界がある。
「これなんか、日本じゃあ、考えられないですね」
そう言って、見せてくれた写真には線路すれすれに家々が写っている。商店やコインランドリーもある。列車が通らない時間帯には線路の上に商品が並べられ、夕方になると、レールの真ん中にテーブルが置かれ、住民たちの宴会が始まった。
「彼らの多くは不法占拠者なんです。いろいろな事情があってここに住んでいるんでしょうけれど、これもマイペンライだなと思いました」
インド人街で撮影したナイトマーケットの写真には、タイ語や英語、アラビア語のカラフルな看板がひしめき合っている。
「撮影していてすごく感じたのは、東南アジアの空気のように湿ったジトっとした色です。同じ赤でも欧米の街で見るよりも色が濃い感じがした」
引きで撮影した写真には写したときには気づかなかったものがたくさん写っていた。武田さんはそんな作品を好きなように見てほしいという。
「フォトジャーナリストっぽい写真って、何かを言おうとするところがあるじゃないですか。ぼくも最初はそういうところがあった。でも、それに違和感を覚えるようになった。もうぼくにはそういう撮り方はできないと思いますね」
武田さんはサラリーマン時代からもやもやした違和感を押し殺さず、それと向き合ってきた。それが撮影の原動力にもなってきたのだろう。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】武田孝巳写真展「バンコク」
アイデムフォトギャラリーシリウス(東京・新宿) 12月14日~12月20日