撮影:川井聡

川井聡さんは数年前、テレビドラマのスチール撮影を担当した際、スタッフらに自らが手がけた鉄道写真の本を見せたところ、「この写真、どうやって撮ったの?」と、驚かれたという。

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そこには自然豊かな風景の中を走る車両のほか、日々鉄道を利用する地元の人々の姿が写っていた。

「彼らは普段、一般の人が映り込むことに対して非常に気を使っているので、鉄道写真に当たり前のように乗客の姿が写っていることにびっくりしたんです」

川井さんがスタッフに見せた『とっておきの汽車旅―全国から選びぬいた24路線』(昭文社)は、旅情あふれるローカル鉄道のガイドブックであるとともに、乗客や沿線に暮らす人々を丹念に追ったルポでもある。

青森県田舎館(いなかだて)村と秋田県能代市を結ぶ五能線のページをめくると、雪に覆われた風景の中を走るオレンジ色の小さな車体が写っている。車内の写真には、結露でくもった窓ガラスにドラえもんを描く制服姿の学生や、防寒着で身を包んだ女の子に本を読み聞かせる母親の姿が見える。

ところが最近、そんな写真を撮影していると「あっ、盗撮だ」と、同業者から言われることに川井さんは困惑する。

「きちんと相手の了解を得て撮影しているにもかかわらず、乗客にカメラを向けると、知り合いから『盗撮』だと言われる。もちろんちゃかして言っているのはわかります。ただ、全然冗談になっていないというか、自分たちの首を絞める言動だから、やめた方がいいとしか思えません」

撮影:川井聡

和製「LIFE」で鍛えられた

鉄道写真には「形式写真」「走行写真」などのジャンルがあるが、川井さんのように旅先での人との出会いをテーマに作品づくりをする鉄道写真家は珍しい。

「ぼくは鉄道を『乗り物』として撮りたい、という気持ちが強いんです。もちろん車両も主役ですが、何よりも鉄道を利用するお客さんが主役だと思います。だから、お客さんをメインに撮った写真で作品をつくりたい」

そう思う背景には、鉄道車両を写した写真は仲間内にだけ通じるものになりやすいことがある。そのことに気づいたのは少年時代だった。

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「ポートレール」とは