同じく阿修羅・原がコーナーポストで顔面を切って10針以上縫うケガをしたこともあったけど、そのときはあやうく目をえぐるところで、一歩間違えば失明をしていたような重症だったんだ。

 そんなケガをしているのに、焼肉を食いに行って、店のおばちゃんから「そんなケガ、朝鮮人参酒を飲めば治る!」と言われたのを真に受けてガバガバ飲んで、次の日に顔が倍くらいに腫れ上がったこともあったな。さすがの阿修羅も次の日は休んでいたよ(笑)。

 プロレスは八百長呼ばわりされることもあるけど、そういうケガもつきものだから、なあなあじゃあできないんだよ。鉄柱のほかにも凶器はいっぱいあるし、相手が頭に血が上ったら何をするか分からない。外国人レスラーなんか特にそうだ。

試合は休めないとアメリカで学んだ

 プロレスラーは試合を休めないのは、アメリカが顕著で、基本的に「ケガをした方が悪い」という考え方だ。ケガをして出られないと言ったら次の試合が飛ばされるだけでなんの保証もない。

 会場には試合の予定がなくてもコスチュームを持参して待機しているレスラーが2~3人はいて、ケガで出られなかったらそいつらに取って代わられるだけだ。地元の人気レスラーが出れば、相手は誰でもいいっていうファンがほとんどだからね。

 1970年代にジョージアでトップを取っていたワフー・マクダニエルなんか、試合の前の日に酒を飲んで車を運転してクラッシュして救急車で運ばれたのに、次の日に涼しい顔をしてトランクを下げてきて、ほかのレスラーが心配する中「大丈夫、大丈夫」なんて言いながら試合をやっていたよ。

 それを見て改めてプロレスは大変な商売だと思ったね。トップのレスラーが欠場すると、ほかのやつに何百ドルというギャラが移るわけだから、穴を空けるわけにはいかない。

 俺もケガではないけど、アメリカで遠くの会場で試合があるとき、試合を飛ばそうとしたことがある。遠くの会場に行くときは、レスラーみんなで車に乗って、ガソリン代を割り勘にするんだけど、そんときは乗せてくれるレスラーがいなくてね。

 一人で行ってもガソリン代やら道中のビール代(笑)やらで赤字になるから、同じモーテルに泊まっているマッチメーカーに「今日は一緒にドライブしてくれる奴がいないから、試合を飛ばすよ」って言ったら、信じられないという顔をして「何言ってるんだ!? さっさと行け! ゴー! レッツ・ゴー!」ってものすごい剣幕で言われたもんで、しょうがないから一人で運転して行ったよ。

 普段なら4~5時間かかるし、その時点で試合に間に合わなさそうな時間だったけど、ぶっ飛ばして2時間くらいで到着した(笑)。よくハイウェイパトロールに捕まらなかったと思うよ。

 見つかっていたら、マクダニエルどころじゃなかったね。逮捕されて試合会場にも行けなかっただろう。結局、そのときのギャラはガソリン代とビール代で赤字だったけど、それ以上に試合に穴を空けないのが不文律で、休む奴はプロじゃないというアメリカのスタイルを学んだいい経験だった。道中での「うわ、時速200キロも出てる!!」っていう経験も含めてね(笑)。

(構成・高橋ダイスケ)

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天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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