世界の登山史に残る
2隊はそれぞれ別のルートを選び、最後の斜面に取り付いた。だが、2隊のすぐ後ろにいた石川さんは、間近で崩れた雪が落ちてくるのを目撃する。それは上部からのもので、アンナたち3人がロープで繋がれたまま流された直後の雪だったのである。彼女らは数百メートル滑落し、石川さんはその後の無線で死者が出たことを知って、7800メートル地点で撤退を決めた。
「死者が出てしまったし、その先の斜面はちょっとした振動でまた雪崩が起きる可能性がありました。一方ジーナたちは雪崩が起きたことを知らずに登っていったのではないかと思います」
引き返す途中で石川さんが振り返ると再び雪煙が上がっていた。今度はジーナたちが頂上直下で雪崩に巻き込まれ、滑落したのだった。石川さんは最も近いところで2人の女性登山家が命を落とした状況を目の当たりにしたのである。
結果的に4人の死者を出し、今季のシシャパンマは閉鎖された。石川さんはこの遭難は「世界の登山史に残る」と言う。アメリカ人女性登山家が競い合い、どちらも亡くなってしまった。山の上は地上同様、あるいはそれ以上に、ライバル意識や功名心がむき出しになる人間くさい世界。だが、長く登山の世界に身を置いてきた石川さんは競争の虚しさもよく知っている。
「経験の密度は変わらないのだから競い合う必要はない。彼女たちの死は本当に残念です。単なる雪崩が原因ではなく、様々な要因が折り重なった上での出来事だと思います。それを間近で目撃した自分も、いろいろと考えるところがありました」
石川さんは来年3月、再びシシャパンマ登頂を目指すという。(ライター・千葉望)
※AERA 2023年11月13日号