作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、ジャニーズ性加害問題から見えてきた、アイドルの代名詞「キムタク」という記号の崩壊と育成ビジネスの闇について。
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今年3月、本連載でジャニー喜多川の性加害について書いた。BBCのドキュメンタリーを見たことがきっかけだったが、ジャニーズのネガティブな面に触れることはやはり気が重く、普段以上に神経を使ったことを覚えている。そのとき編集部がつけてくれたタイトルは「BBCのジャーナリストが混乱しながらも日本社会に一石を投じた問題 波紋は広がるか」というものだった。「波紋は広がるか」という疑問は、「波紋は広がらないかもしれないが……」という諦めを滲ませるものでもある。
いったい誰が、BBCドキュメンタリーから1年も経ずにジャニーズ事務所がなくなるなど、想像できただろう。おそらく当事者が最も混乱するほどのスピードと激しさを伴う帝国の崩落だったはずだ。ジャニーズ事務所が目を背けてきたことの重さを思えば当然の結果なのかもしれないが、この結果が日本の芸能界をどう変化させるのか/させるべきなのか、また、性暴力問題で私たちが向き合うべき課題は何かなど……あまりのスピード感に見えないことがまだまだ多い。
ただはっきり見えているのは、今回の一連の流れのなかで最も危機に瀕することになっているのは、もしかしたらヒガシでも、イノッチでもなく、「キムタク」ではないか、ということだ。
「キムタク」と敢えて「 」つきで書いているのは、「キムタク」とは、記号として日本社会に定着しているものだから。日本一いい男=「キムタク」。アンアンの「抱かれたい男」15年連続ナンバー1=「キムタク」。一部の男たちの間で「オレはキムタクになれないが、キムタクもオレになれない」という格言が生まれるほどに男がなりたい男=「キムタク」。主役になるしかない男=「キムタク」。……急落しているのはもちろん木村拓哉さん個人の人間性ではなく、「キムタク」と私たちが信じていた記号の価値が、ジャニーズ崩壊とともに消えようとしているように見えるのである。