家事育児は女性がやるべき一番そう思っていたのは自分
それでも2人の子どもを育てる負担は大きい。発熱などで保育園を休むときには、実家の母や他県に住む義母を頼った。
「私は周囲の理解もあって自分のペースで仕事ができる。だから家事育児は私の担当なのだと思いこんでいました。夫の病院は手術も多く、あまりに多忙。『休んでほしい』とは言えませんでした」
次男が生まれてしばらくしたころ、夫がどんどんキャリアアップする姿を目の当たりにした。心がざわめくのを抑えられなかった。
「同じ外科医で同世代で子どもがいるのも同じ。なのになぜ性別が違うだけで差がつくのか、なぜ私ばかり当然のように家事・育児を背負うのか……。すごく悔しかった。でもその原因は『女性が家事・育児を担うべきだ』と無意識に考えていた自分のせいだったのかもしれないと気づきました」
もっと働きたい、もっと手術がしたい、その思いを少しずつ夫に伝えていった。
「以前私が外科医をやめようか悩んでいたときに、『やめるのはもったいない』と引き留めてくれたのは夫でした。ちゃんと伝えたことで夫からのサポートは自然に増えていきました」
37歳で大学院へ 医師の道は1本じゃない
夫婦の意識が大きく変わったのは、前出の河野恵美子医師らが主催する「AEGIS-Women」のセミナーに夫婦で参加したことだったと振り返る。
「4年ほど前ですが、託児所付きで手術手技を練習するセミナーに夫婦で参加したんです。参加者同士のディスカッションの時間もあって、子育てしながら消化器外科医として働く女性医師は私たちのまわりには全然いなかったので刺激を受けました。夫も女性医師の現状を知り、私も『子育てしながらも消化器外科医としてキャリアを積めるかもしれない』と前向きに思えるようになりました」
夫は多忙ななか、子どもの送り迎えや食事の準備をできるだけ分担してくれている。林医師は昨年、念願だったサブスペシャリティー、消化器外科専門医を取得した。今年から母校である金沢大学の大学院に入り、診療を続けながら学位取得を目指している。遅れていたキャリアは加速し始めた。
「私が大学にいることで、医学部生や研修医、若手外科医の一つのロールモデルになれるとよいなと思います」
2人の息子は小学生になった。
「育児と仕事の両立は日々やることが多いので、仕事においても時間管理はうまくなったと思います(笑)。彼らの成長を見ていると『自分ももっと成長しよう』と思えるんです」
インタビューの間、林医師は何度も「周囲の人に感謝しています」と繰り返した。
「女性だからといってあきらかな差別を受けたことは一度もありませんし、これまでの女性外科医の先輩方のご尽力もあり外科全体の働き方の意識も変わっています。それでも女子学生にはよく『子育てしている女性の消化器外科医もいるんですね!』と驚かれるんです。学生の意識は、私が医師になったころと変わらないんですね。だからこそ私は『大丈夫だよ』と伝えます。迷うことなく自分のやりたいことを目指して!って」
(文/神 素子)
※週刊朝日ムック『医学部に入る2024』から