前例がないから何をしてあげていいかわからない
一方で、消化器外科のハードさも身に染みて知っていた。
「術後が不安定で合併症も起こりやすい。救急の疾患もありますし、病院に駆けつけることも多く、女性が子育てしながら働くにはハードルが高いのです」
医師になって2年後、同僚でもある外科医の夫と結婚した。第1子を出産したのはその翌年で、医師になってまだ4年。前例がないと周囲に驚かれたそうだ。
「外科医の場合、医師になって6年目くらいで外科専門医の資格を取得し、その後数年かけてサブスペシャリティー(消化器外科や乳腺外科などの専門医)を取得するのが一般的です。私の場合、外科専門医の取得もまだでした。妊娠を報告したとき『外科専門医取得前に妊娠した前例は医局にはない。どうしてあげたらいいかわからない』と言われました」
それまで林医師は、医師として働くなかで、女性として差別を受けたと感じたことは一度もなかったそうだ。しかしこのときはっきりと「自分はマイノリティーだ」と自覚したという。
「それでも20代で出産しようと決めたのは自分だったので、やむを得ないと思いました」
早く子どもを産もうと思ったのには理由があった。
「年齢が上がれば妊娠・出産のリスクが高まります。キャリアは多少遅れてもなんとかなるけれど、生物学的な部分は変えられない。妊娠、出産、子育てというライフイベントをあきらめずに外科医を続ける道はあるはずだと思いました。逆に、それをあきらめなければなれない仕事だとすれば、そのほうがおかしい」
林医師は妊娠後、医局関連の比較的小規模の病院へ異動し、その後出産した。半年の育休後に同じ病院に戻り、3年後には第2子を出産。その後、前勤務先の総合病院へ異動した。子育て中も朝から夕方までフルタイムで、夕方5時以降の呼び出しや夜間の当直だけ免除される働き方を続けてきた。
「育児中でもこれまでの指導医は一人の外科医として指導してくださり手術や診察の経験を積むことができました。手術時間が長引くと『保育園のお迎えは大丈夫?』と誰かが声をかけてくれるような理解のある職場でした」