高井さんは介護の苦しさと孤独感を飲酒で紛らわすうちに、アルコール依存症に陥っていた。訪問介護サービスで訪れたヘルパーがベッドの脇で倒れている彼を見つけ、病院に搬送された。一人取り残された母親は、介護施設に入所することになったという。
高井さんは通院治療を続けながら、社会復帰を目指し、23年春、企業のシステム情報部門が子会社として独立したユーザー系システム会社に契約社員として採用された。再就職から約2カ月後、インタビューに応えてくれた。
「結婚も介護も、すべて母親のためと思ってやってきたつもりでしたが……独り善がりで、母のためにはなっていなかったのだと思います。ただ……言い訳のようになってしまいますが……幼い頃、働き詰めの母と一緒に過ごすことが少なかったから、そのー、親子の時間を取り戻したかった。それに、母親が気に入らない女性と別れ、結婚自体を諦めたのも、在宅介護を拒む母に反抗して自分で母の面倒を見たのも……つまるところは、母に操られていたんじゃないかと……最近、母との適度な距離ができたことで思うようになりました」
むせび泣きでの興奮から一転、落ち着いた表情で一言ひとこと、噛みしめるように語った。
背後に深刻な「共依存」
母親から精神的にも独立しなければならないことを承知していながらも、中年期を迎え、「男らしさ」規範を具現化できずに自らのアイデンティティーを喪失するなか、自分の存在価値を認め、評価してくれる貴い存在として母親を求める男性は少なくない。背後には、「自己喪失の病」とも称される「共依存」という深刻な問題も潜んでいる。
高井さんのケースは未婚のまま、同居する母親を一人で在宅介護することになり、その困難から介護離職し、高齢者虐待という最悪の末路をたどってしまう。
女性のほうが男性よりも平均寿命が長いため、母親との関係では、介護の問題は避けて通れない。既婚か独身か、同居か別居かにかかわらず、働きながら親を介護する中年男性が増えているのである。
また、家事や家族の身の回りの世話など家庭でのケア役割を担った経験がほとんどない中年男性は多く、慣れない親の介護に疲弊し、普段通りに職務を遂行できないことに責任を感じて辞職するケースも少なくないのが現状だ。
先述の高井さんが介護離職した要因のひとつに、こうした介護休業を利用しにくい職場環境・風土があったことは言うまでもない。
誰かに家族介護の悩みを相談したり、他人を頼ったりすることが苦手な男性は多く、特に父親亡き後、母親と二人暮らしで在宅介護している場合、社会的に孤立して追い詰められ、高齢者虐待という悲惨な事態に陥るケースもある。
●奥田祥子(おくだ・しょうこ)
京都市生まれ。近畿大学教授、ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。元読売新聞記者。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、医療社会学。2000年代初頭から社会問題として俎上に載りにくい男性の生きづらさを追い、「仮面イクメン」「社会的うつ」「無自覚パワハラ」など斬新な切り口で社会病理に迫る。取材対象者一人ひとりへの20数年に及ぶ継続的インタビューを行っている。主な著書に『男性漂流』(講談社)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社)、『社会的うつ』(晃洋書房)、『男が心配』(PHP研究所)などがある。