「わたくしは“選ばれた”のです。選ばれた以上、それにこたえるのはわたくしの役目ではないでしょうか」

 選ばれたのだから主導権は女の私にあった……というふうにデヴィ夫人は婚活論をすすめます。とはいえ、その種の主導権のもろさを一番知っているのはデヴィ夫人でもあります。スカルノ大統領が浮気をしたことも率直に書きながら「男は浮気するもの」と、むやみに傷つくな、男とはそういうもの、選ばれるためには目をつむるのが女のマナーとして今の時代の女たちに「婚活論」を説くのです。

 日本のテレビ界は、デヴィ夫人を大物の男に選ばれた成功者のようにして迎え入れ、そしてデヴィ夫人もその役目を果たしてきました。曰く、「日本人でただ一人、海外の国家元首の妻になったわたくし」としての役目です。でも、そもそもでは、なぜデヴィ夫人はそれまで行ったこともない国の元首と、ほとんど初対面で「結婚」することになったのか。しかも19歳の決断で。それは誰の欲望だったのか。という物語こそ、実は私たちが目を伏せていたものなのかもしれないと、今回のデヴィ夫人の発言で改めて気がつかされる思いになります。なぜ、私たちは「その物語」を直視してこようとせず、「一国の元首となった妻としての成功物語」だけを消費してきたのか、と。

 ジャニー氏の性加害が明らかになってから、私はジャニー氏が朝鮮戦争に軍属として関わり、韓国で子供たちに英語を教えていたことを初めて知りました。先日、服部吉次氏が70年前の被害を告発しましたが、ちょうど朝鮮戦争からもどってきた頃のジャニー氏からの被害でした。と考えれば、もしかしたら韓国にも被害者がいるのではないかというのは、全く方向違いの予想ではないでしょう。

 ジャニー氏の性加害の実態が、被害者の声によって明らかになってきました。#MeTooの声はとどまる気配がありません。長期にわたり、私たちの想像を絶する頻度で、無数の子供たちが被害にあっていたことがうかがえます。そしてその事実を多くの人は「知りながら」、誰も正面から見つめようとはしなかった。敗戦後の日本の成長と歩調を合わせるように歩んだジャニー氏にひれ伏しはしても、誰もとがめなかった。なぜなら、成功は正義だから。でも、そういった「成り上がり」の背後で、私たちが踏みにじってきたもの、踏みにじられてきたものの声が、ようやく今、姿を現してきたのかもしれません。まだまだ私たちは敗戦処理を終わらせていないのかもしれない。私たちは焼け野原の東京の延長にいる。そこは見て見ぬふりをしてきた暴力の世界です。

 ジャニー喜多川氏の性加害事件がこの社会に見せたものは、私たちが考えている以上に大きいのかもしれません。

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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