「葬儀には行けたんですけど、ビザの滞在期間の問題で埋葬までいられなくて……その後はコロナ禍でベトナムと行き来ができなくなってしまった。でも墓参りにだけはどうしても行かなくちゃと決意しています。今、2つの仕事を掛け持ちしているのも、その費用を工面するためなんです」

 聞いているうちにカイさんの亡くなった奥さんへの気持ちが溢れてきて、アプリなんてやっている場合じゃないのでは?という気持ちになる。余計なお節介と思いつつ、思わず、「そんなに奥さんの供養をしたいと願っているのに、アプリに登録するのはおかしい。何より墓参りを優先させるべきでは? 今のままでは前に進めないと思う」とはっきり言ってしまった。

 カイさんは言葉に詰まりながら、ベトナム暮らしの間に日本の友人とも疎遠になり、誰も話せる相手がいなかったため、心の支えが欲しかったと答える。だが、私の言葉を聞いてモヤモヤしていた自分の気持ちに踏ん切りがついたという。

「今まではそういうことを言ってくれる友人さえ近くにいなかった。ようやく自分が今すべきことがわかりました。ありがとう」

 アプリでしか本音を言える相手を探せない、というのはかなり辛い状況だ。だが現実にはそういう人たちはたくさんいる。たまたま私のような仕事をしている人間だったからカイさんの本音を指摘できたのだろうが、他人が付き合う相手をどんなふうに探すかに口を挟むなんて、余計なお世話以外の何ものでもないのだ。

 今までなら仲間内や職場での飲み会、昼食時のちょっとした近況報告や無駄話で知ることができた相手の個人的な境遇が、人間関係やコロナによる変化でどんどん減ってしまったのだと実感した。

 カイさんは「結婚相手を探している。結婚を前提とした恋人との出会いを求めている」という心境に到達していなかった。なのにプロフィールには「2人で温かい家庭を築きたい。なんでも話し合える関係が理想」などと書かれている。

 つくづく人の心の矛盾を感じてしまう。1週間後、そのアプリの「メッセージのやりとり」ページで確認すると、カイさんはすでに退会していた。きっと私の言ったことを考えて素直に受け止めてくれたのだろう。

 ひとつの出会いの後ろには、ひとつの別れや弔いがある。

 そんなシンプルなことさえわからなくなってしまうのは、アプリでしか繋がれない時代のせいなのかもしれない。

●速水由紀子(はやみ・ゆきこ)
大学卒業後、新聞社記者を経てフリー・ジャーナリストとなる。「AERA」他紙誌での取材・執筆活動等で活躍。女性や若者の意識、家族、セクシャリティ、少年少女犯罪などをテーマとする。映像世界にも造詣が深い。著書に『あなたはもう幻想の女しか抱けない』(筑摩書房)『家族卒業』(朝日文庫)『働く私に究極の花道はあるか?』(小学館)『恋愛できない男たち』(大和書房)『ワン婚─犬を飼うように、男と暮らしたい』(メタローグ)『「つながり」という危ない快楽─格差のドアが閉じていく』(筑摩書房)、共著に『サイファ覚醒せよ!─世界の新解読バイブル』(筑摩書房)『不純異性交遊マニュアル』(筑摩書房)などがある。

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