撮影:伊奈英次
撮影:伊奈英次

 伊奈さんの母親は戦時中、学徒動員で愛知県内にあった「中島飛行機」の工場で働いた。

「そのとき、空襲や機銃掃射によって同級生がかなり亡くなったそうです。『今の日本の繁栄はそういう人たちの犠牲によって成り立っているんだよ』という話をおふくろからよく聞かされた。それがずっと頭の中にあった」

 父親は名古屋の大学を中退して、陸軍兵器学校に入学し、内地の通信隊に配属された。そして沖縄に行く直前に終戦になった。戦後、上京した際には靖国神社を参拝していたという。ただ、伊奈さん自身は靖国神社を訪れたことはなかった。

 伊奈さんが明確に右翼を意識するようになったのは「三島事件」からだ。70年、作家・三島由紀夫は自衛隊に決起を呼びかけた後、割腹自殺した。

「当時、ぼくは中学生でしたけれど、あの事件をきっかけに、右翼って、いったい何だろうと、思うようになった」

タブーに抵触するものが好き

 84年、東京綜合写真専門学校を卒業すると、日本の近現代をテーマに撮影した。

「最初は都市の風景を延々と撮り続けた。戦闘機とか在日米軍の通信施設とか、軍事的なものも好きだった。そうすると、必然的に政治的な問題を撮ることになるじゃないですか」

 作品を積み重ねていくうちに少しずつ気づいたのは、「タブーに抵触するものが好き」ということだった。

 右翼をきっかけに撮り始めた靖国神社もその一つだった。A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社は、韓国や中国にとって、受け入れがたい存在である。首相や閣僚が参拝するたびに外交摩擦を引き起こしてきた。

撮影:伊奈英次
撮影:伊奈英次

 神社の周辺では戦犯合祀に反対する左翼のデモ隊と右翼との小競り合いも起きる。

 作品の1枚に、境内で何やらパフォーマンスをする男性の姿が写っている。新聞紙でつくったような仮面をつけているため、表情は読み取れない、

「この人、ひと言もしゃべらなかったんですけれど、靖国神社に対する抗議活動をしているように見えるじゃないですか。そうしたら、右翼と警察官が飛んできて、もみくちゃになった」

 乱闘騒ぎの様子を間近で撮影するテレビ局のクルーの姿も写っている。

「警察が『そんなことをしていたら、みんな興奮して大変なことになるからやめろ』と言って、止めた」

天皇親拝の門

 一方、閉じられた「天皇親拝の門」を内側から写した写真は、現在の靖国神社の立ち位置をとらえた象徴な1枚である。

天皇陛下が参拝するとき、この扉から中に入るんです。陛下が参拝に来られる環境を整えることはいいことだと思いますけれど、無理でしょうね」

 7月4日から東京・半蔵門のJCIIフォトサロンで写真展「国の鎮め-ヤスクニ-」を開催する。

「タイトルを『国の鎮め』としたのは、いずれ戦跡の写真と一緒にまとめたいからです。沖縄の戦跡も結構撮りました。この秋には中国・ハルビンを訪れようと思います」

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】伊奈英次写真展「国の鎮め-ヤスクニ-」
JCIIフォトサロン(東京・半蔵門) 7月4日~7月30日

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