タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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雨の季節です。朝、虹色の曲線があちこちに……そう、ナメクジとカタツムリの仕業。私はこのぬらぬらした生き物が大変苦手です。しかし、ナメクジというのはどうも、貝殻なしでも裸一貫で生きていけるなかなか先進的な生き物でもあるそうですね。
先日、京都の二条城近くの交差点の信号機で、約50分間赤と黄の点滅を繰り返す異常が発生。犯人は、信号機の配線部分に入り込んだ一匹のナメクジだったそうです。あんなに水気の多い身体で電気配線に触れたナメクジの安否も気がかりですが、小さな軟体動物一匹で警官が出動して手信号でしのぐ羽目になったのですから、侮れません。
私の家族が暮らすオーストラリアでは今は冬。雨季なので、カタツムリが元気になります。庭のポストに入り込むと、届いた手紙を食べてしまいます。モリモリ食べて、カラフルな糞にしてしまう。調べたら、カタツムリはあの小さな口の中に1万本以上もの歯が生えているのだとか! そういえば以前、真冬の夜に庭でしゃがんで星を眺めているときに、すぐ耳元でパリパリとかシャクシャクという微かな音がしたのでライトで照らしてみたら、カンガルーポーという草の根もとにとりついた大きなカタツムリたちの咀嚼(そしゃく)音であることが判明。どうりですぐ枯れるわけです。原因不明の難病を経験したエリザベス・トーヴァ・ベイリーという人が書いた『カタツムリが食べる音』という大変美しいノンフィクションの作品があるのですが、「まさにこれがその音か」と感動しました。
オーストラリアの家では、夏の終わりに通り雨が増えると、最初にするのはポストのまわりにカタツムリ避けの薬を撒(ま)くこと。いまは夏の日本と季節は逆ですが、東京で暮らす私もパースで暮らす家族も、あの小さな虹色の光跡を気にする毎日です。
◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。
※AERA 2023年7月3日号