■意義はわかるが不安

一方、導入に成功した事例もある。国際基督教大学では教室が集中する本館のトイレを2020年に改修、1~3階の中央部にあるトイレをオールジェンダーとした。多目的トイレが1室、男女共用が11室、男性用小便器が置かれた個室が4室並ぶ。1・2階東側には従来型の男女別トイレも設置した。設計に携わった加藤恵津子教授は言う。

「以前から、車いすの人も含めて誰でも使えるトイレはありました。しかし、それでは不十分でした。トランスジェンダーやノンバイナリーの人は『誰でもトイレ』に入ることで不審がられたり、理由の表明を迫られたりするリスクがある。大切なのは誰も犠牲にしないこと。オールジェンダートイレを使いやすい位置に設けつつ、それを選ばない人も尊重できるよう、男女別トイレも残しています」

 学生への事前アンケートでは明確な賛否はそれぞれごく一部で、多くは「意義はわかるが不安」という反応だったという。寄せられた懸念をもとに、誰にとっても使いやすく安心できる空間を目指して設計を進めた。音漏れ軽減のため、扉や壁は天井まで高さがある。個室は一列に並ぶのではなく四方を向いて配置され、個室内にも手洗いシンクがあるので、ほかの人と顔を合わせずに用を足して出ていきやすい。トイレ内には行き止まりがないため万一の際も逃げやすく、個室の壁は盗撮カメラを仕掛けにくいよう凹凸を減らした。白を基調とした空間はいい意味でトイレらしくもない。

■意識せず普通に使う

 設置1年後のアンケートでは回答者の90パーセント以上がオールジェンダートイレについて「大変満足/満足/普通」と回答したという。同大3年の女子学生もこう話す。

「意識せず普通に使っています。プライバシーは守られているし、きれいで快適。最初はドキドキしたけれど、『なんだ、こんなものか』という感覚ですね」

 加藤教授は続ける。

「マイノリティーの声は届きにくい。だからといって我慢を強いられる状況は好ましくありません。やはり男女別がいいという人もおり、男女別トイレをなくすことはありませんが、今のところオールジェンダートイレを否定する要素もありません」

 排泄は生理現象だ。多くの人は1日に5回以上トイレへ行く。快適に排泄できることは誰もが持つべき人権でもある。

 トイレ研究家の白倉正子さんはこう話す。

「日本の公共トイレは少数者を含む多くの人の快適さを追求してきました。手すりをつける、オストメイト用の設備をつける、点字案内を整備する。これまでは『足し算』でしたが、オールジェンダートイレは設計図面の線を描く段階から工夫しなければならず、私たちも揺るがされています。小林先生が言った『黒船』という言葉は言い得て妙で、最初はゴタゴタするでしょうが、いつか議論しなければならないもの。それが今なのだと思います」

(編集部・川口穣)

AERA 2023年6月26日号より抜粋