AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
在日コリアン2世だった父は、なぜ出自を語らなかったのか──。その問いから始まった、自身のルーツを巡る旅。京都、川崎、韓国……。自らのルーツに向き合い、大きな気づきを得て、改めて社会のありかたを問いかける「国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に」。著者の安田菜津紀さんに同書にかける思いを聞いた。
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どうして、父は自分の出自を娘である私に話してくれなかったんだろう──。
本書は、フォトジャーナリストの安田菜津紀さん(36)が自らの源流をたどる「旅」を記した記録である。
高校2年の時、安田さんは、亡くなった父が「韓国籍」だと知った。それまで生活の中で「在日コリアン」は意識したことのない存在だった。
「まったく予想外のことで、アイデンティティーの前でフリーズしました」
母から、父は日本生まれの在日コリアン2世だということ、困窮家庭だったため教育の機会につながらなかったと聞いた。だが、それ以上は知る術がなく、家族のルーツに蓋をしてきた。
転機が訪れたのは2019年。友人から、外国人の氏名や生年月日、出生地、住所などの情報が記載された「外国人登録原票」のコピーを遺族であれば国に請求できると聞いた。父と祖父母の原票を取り寄せると、父の出生地や祖父母の名前、来日した日付、暮らしていた住所などが分かった。20年秋、わずかな痕跡をたどり、父の出生地の京都市伏見区に向かった。
「父のルーツをたどることは、在日コリアンの歴史をたどるということでもありました。社会の実相が見えてきました」
父親が生まれた地域や戦時中に多くの朝鮮人が労働者として集められた場所を訪ねた。今もそこに暮らす在日コリアンの人たちと会い、世代を超え続く差別や朝鮮学校への襲撃事件などを聞くうち自然と父のことが思い出された。