父は、娘にこうした差別を経験させたくなくて自らの出自を語らなかったのではないか。語らなかったのではなく語れなかった、語ることができなかったのではないか。

「旅をすればするほど、その思いが強くなっていきました」

 ルーツをたどり過去を手繰り寄せた旅は、「これから」への導きでもあったという。

 祖母の故郷である韓国の釜山を訪ね、祖母のことを尋ねた年配の男性に言われた。

「女性は名前で呼ばれてもわからない」

 韓国の家系図には女性は「妻」や「女」とだけ記され、名前がはぎとられていることもある。祖母の痕跡が見つからない現実に直面した時、決意した。今を生きる私にできるのは、確かに存在していたのにいなかった者として扱われてきた人たち、様々なマイノリティーの人たち、特に抑えつけられている女性たちの声を次世代に伝えていくこと。写真で、言葉で、届けていくことだ、と。

「この社会には、マイノリティーに対する理不尽な差別はまだあり、解消どころか真逆の方向に進んでいます。そういう社会に警鐘を鳴らし、差別をなくすにはどうすればいいか、社会に働きかけていかなければならないと思います」

 ゴールは、父が生きられたはずの社会にすること。フォトジャーナリストの「旅」は、終わらない。(編集部・野村昌二)

AERA 2023年7月3日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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