AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明名人、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段、「永世七冠」の羽生善治九段らに続く22人目は、「升田幸三賞受賞者」の飯島栄治八段です。発売中のAERA 2023年1月16日号に掲載したインタビューのテーマは「尊敬する人」。
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「すごくないですか?」
羽生善治九段(52)や藤井聡太竜王(20)らの妙手を目の当たりにしたとき、解説を務める飯島栄治は、そう言って驚き続けてきた。
「凄八先生」
八段に昇段して以来、飯島はファンからそう呼ばれるようになった。飯島自身にももちろん、すごい点はたくさんある。振り飛車に対して角道を開かず、角を引いて使う手法を体系化し、2010年、優れた戦法の考案者に贈られる「升田幸三賞」を受賞した。
「当時の(日本将棋連盟)米長邦雄会長(故人)から賞状をいただいたときのことをよく覚えています。『角を引くことによって新たな戦法を構築』みたいな文面で、会場で笑いが起きたんです(笑)。羽生先生も05年に公式戦で採用されていました」
飯島にとって羽生はもちろん、修業時代から尊敬してやまない存在だ。
「06年に本(『飯島流引き角戦法』)を出すときに、羽生先生に推薦文をいただこうと、ドキドキしながらお電話したんです。そうしたら2コールぐらいでご自身が出られて、心臓が飛び出るかと思いました(笑)。推薦についてはすぐにご快諾をいただいて」
羽生は飯島の著書に序文を寄せ「大胆でユニークな戦法です」「25年後にはみんな角道を突かなくなっているかもしれません」と称賛した。
「だから31年には、そうなってるんですかね(笑)。私は羽生先生のタイトル戦の記録係も何度か務めさせていただきました。1996年、羽生先生が六冠だったとき、私は16歳初段でした。飛行機に初めて乗ることになったんですけど、怖くてしょうがない。それでも『羽生先生と一緒に乗れば、落ちることはないだろう』と思いました」
記録係はときにハプニングも経験する。
「98年、王座戦五番勝負の最終局。羽生王座と谷川浩司竜王(現十七世名人、60)のゴールデンカードで、あのときは一番緊張しました。私が振り駒をして、と金が多く出て、谷川先生の先手に決まった。でも対局が始まるとき、立会人の先生がうっかりされたんでしょう。間違えて『羽生王座の先手』と言ってしまった。私はもう顔が青くなりました。対局者の両先生も『えっ?』とか言ってて。皆さんが間違いに気づいてくださって助かりました。ネットで中継されているいまだったら、大騒ぎになったでしょうね」
(構成/ライター・松本博文)
※発売中のAERA2023年1月16日号では、記録係への思いや新手を追求し続ける理由、藤井王将に羽生九段が挑戦する王将戦についても話しています。