97年に大阪ドーム(現京セラドーム)がオープンしてからは、8月15日前後に同ドームで3連戦を組むことによって、選手もロード期間中に地元でリフレッシュできるようになったが、同年以降も03年までロードは7年連続負け越しと、なかなか相性の悪さを克服できなかった。

 98年には、ロード初戦から球団ワーストの12連敗を記録し、吉田義男監督が「ファンに申し訳ない」と謝罪するひと幕もあった。

 星野仙一監督時代も、02年は5勝10敗1分。翌03年も4勝11敗と2年続けて大きく負け越した。

 だが、03年8月の遠征中、星野監督は「この期間だけ見れば、12球団で一番弱い。でも、今までの数字(ロード前に貯金40)を見ろ。みんな一生懸命やっとる。(ジンクスに)こだわるな」とナインを鼓舞し、ロードが終わってみれば、優勝マジックは「29」から「17」に減っていた。そして、9月15日に18年ぶりVを決めた。

 同年の星野監督が死のロードの悪いイメージを払拭し、マスコミに対しても使用をやめるよう申し入れた結果、この言葉は死語になったとされるが、今月の阪神の大失速によって、皮肉にも悪夢が再現される形に……。

 再び死語として封印するには、ロード後の猛虎軍団の巻き返しいかんにかかっている。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。

著者プロフィールを見る
久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

久保田龍雄の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
台風シーズン目前、水害・地震など天災に備えよう!仮設・簡易トイレのおすすめ14選