※写真はイメージです。本文とは関係ありません
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――麻衣さんは見舞いに行く道中で緊張しながら準備していた。元気な振る舞いは一見すると力を示すように見えるが、しかし同時に、「無力化」なのだという。「自分はそうするしかないんだ」という圧力によって行為が決められており、他に選択肢がない。こうして自由と主体性を失うことが無力化だ。

 両親が険悪になる「『このタイミングでは何も言わないほうがいい』とか。そういうのを考えるとかじゃなくて、自動的にそういう切り替えが付いていて、本当にそういうふうに口からも出てきちゃう」「場を保つために自動的に口がしゃべっちゃう」。「自分はなんかロボット」と、「このタイミングで」の頑張る振る舞いは、意志ではなく一貫して自動的に生じる身振りなのだ。自動のロボットになるスイッチを押すタイミングは、やはり状況が強いている。自分の主体性はそこにはない。なので麻衣さんにとってヤングケアラーであることは、自分を失う「無力化」なのだ。これが1つ目の自己喪失である。

■夢

 親に合わせることによる無力化のテーマと接続はするが、両義的なエピソードもあった。つまり無力化だけではない要素が一瞬だけ顔を覗(のぞ)かせる。

【麻衣さん】結構夢をよくも悪くもすごく見るっていうか、覚えているっていうか。兄の夢とかよく見て、夢のなかで兄貴がバスケットボールとか、釣りとか好きだったので、「釣りざおを持ってきてくれ」とか、バスケットボールと、バスケットシューズと、で、「1つずつ持ってきて」みたいな夢とかを見たりしたんですけど、それを親に多分、伝えるときに夢ではそこまでだったんですけど、本当は。それで「それを全部持っていったら、俺は治るから」って盛ったんですね、私、話を。そしたら、すごい、わらをもすがるじゃないけど、「そうか、カツヤ」みたいな感じになって、次の日からは[夢に出てきたものを]一個一個持って、はせ参(さん)じるみたいな感じ。


 だけど、それをやってると、だから、やってたら、最後の1つ、多分、バスケットボールかなんかだったと思うんですけど、持っていく日がすごい怖くなっちゃって、『でも、誰も本気でそれで治るとは思ってないよな』とか思いながらも、『すっごいまずいこと言ったな』とか。怖くなってきて、誰も別にそれを最後持っていっても、兄はまず『持っていった日に死んじゃうんじゃないか』とかも思って。

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最後にバスケットボールを持っていくときに、死を恐れたのはなぜか?