――兄が生きようとしているという幻想に親が固執するのにともなって、麻衣さんに影響が出てくる。
これに関していくつかのことが語りから見えてくる。
(1)「お兄ちゃんの分も」「頑張ってね」という形で麻衣さんが兄の身代わりになることを、大人たちから求められていく。そして大人たちはおそらく求めている自覚はない。てんかんで倒れたことで兄が自分の身代わりになったと麻衣さんは感じ、大人たちの期待に沿って麻衣さんが兄の身代わりとなる。
(2)麻衣さんは、「別に楽しい1日だった」と、元気なふりをする演技で親が望む世界を作ることで、親をケアする役割を担う。
(3)実際は「怖い」と感じていてぬいぐるみを抱いて泣いているほどなのに、無理をして頑張る。麻衣さんが頑張ることは、兄が頑張っているという親の幻想の世界に合わせる努力だ。兄が頑張っているのに麻衣さんが頑張らないことは、みんなが頑張る親の幻想の世界では状況的に許されないだろう。
(4)夜、「寝られない」。つまり夜という自分自身が一人になる場面で怖さという本心が湧き上がってくる。この本心は麻衣さんを偽(いつわ)らないのだが、睡眠を妨(さまた)げる外傷でもある。
■「スイッチで切り替わる」
「入り込めない」とはいえ、麻衣さんは周囲の状況へと巻き込まれてもいる。
【村上】じゃ、周りがうまく回るためにっていうのは、お兄さんが倒れたときのことがそのままずっと続いちゃっているっていうことですよね。
【麻衣さん】そうですね。癖(くせ)みたいな感じで、本当にスイッチで切り替わるみたいなところがあって。『今、この状況で何か言葉を発さなければ』みたいな、そういう感じでいつも対応しちゃうので、例えば、沈黙があって、シーンとしちゃったら耐えられないんですよ。だから、『なんか明るいこと言わないといけない』みたいな、とか。あと、『泣いている人がいたら、自分は泣いちゃいけないんだ』みたいな。そこは泣くんです、母親が。それはもう、泣き役みたいな。泣き役で、私は支える役みたいな。絶対に、でも、一緒に泣いたりとかしてもよかったのかもしれないんですけど、泣いているの見ると、自分が泣きたかった気持ちはなくなるんですね。自分、『あ、泣き始まっちゃったぞ』みたいな感じで。『じゃ、これはぴしっと振る舞おう』みたいな。