これらの番組が生まれたのは、今の渋谷のNHKではない。内幸町にあったNHKの放送会館。小さいが石造りの堂々たる建物だった。「千代田区内幸町2の2」と何回口にしたことだろうか。

 番組の切れ目ごとにいわゆるステブレ(ステーションブレイク)を入れる。それもアナウンサーが生でやっていた。うっかりスタジオに行くのを忘れそうになり、何度人に助けられたことか。走って走ってやっと間に合ったことも。今でも夢に見ることがある。

 その頃は全て生番組。ニュースは当然、ドラマもバラエティーも。

 ゲストの高見順氏がセットの日本間で話をすることを拒否され、「僕は役者じゃない」と帰ろうとされるのを、インタビュアーの私が必死で引き留めたことも。

 一九六四年の東京オリンピック対応でNHKは渋谷に移ったのだが、内幸町には終戦の詔勅を放送したスタジオ等もあり、放送の核があった。歴史を知るためにも残すべきだった。いま内幸町(日比谷シティ)のことを知る人はほとんどいない。

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

週刊朝日  2023年3月10日号

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