ところが、まもなく平家が落ち目になり、周知のように頼朝は挙兵する。一度は失敗しかけるが、関東武士の支持を得てみごとに立ち直り、鎌倉に新しい根拠地を開くまでの話はあまりにも有名だ。
それまでに政子は一女の母となっている。戦争の間は難をさけて今の熱海あたりにかくれていたが、やがて鎌倉にやって来てトップレディーとしての生活が始まる。まもなくふたたびみごもって、今度は男の子を産むが、その直後、彼女は聞きずてならないうわさを耳にするのだ。
「頼朝さまは、浮気をしてござるげな」
とたんに政子の目はつりあがり、ここに壮大なやきもち劇がはじまる。
頼朝の浮気の相手は亀の前という女性だった。どうやら伊豆の流人時代からのなじみらしい。彼は政子のお産を幸いに、亀の前を伊豆からよびよせたのだ。
こうした真相を知った政子のおどろき!
――どうしたらこのくやしさを、思いしらせてやれるかしら。
が、いくら知恵をしぼっても、そうとっぴなことを考えつくことはできない。彼女の考えたのは、こんなときおおかたの女性の胸にうかぶにちがいないことの範囲を出なかった。
ただちがっていたといえば、その考えたことを、実行したというだけのことである。
彼女はやったのだ! 屈強の侍に命じて、その憎むべき相手亀の前のかくれがをさんざんにぶちこわしてしまったのである。
なんともはや盛大な夫婦げんかである。
こんなに政子に手痛い愛のパンチをこうむりながら、頼朝はいっこうにこりずに第二、第三の情事をくりかえす。そして政子はそのたびに、われにもあらぬ狂態を演じることになるのである。この猛烈なやきもちから、彼女をかかあ天下第一号と認定し、しかも夫の死後、尼将軍などとよばれて、政治の表面に登場するので、出しゃばりな、権勢欲の権化とみているようだ。
これはとんでもない誤解である。尼将軍というのは俗称で、彼女は正式に将軍になってはいない。彼女は実家の北条家の代表者にすぎず、自分自身は権勢の人ではなかった。
夫の死後、彼女は長男の頼家を熱愛しようとした。ところが、すでに成人していた頼家は愛妾若狭局に首ったけで、母のことなどふりむきもしない。政子は絶望し、若狭を憎むようになる。いまも姑と嫁の間によくあるケースだ。そのうち母と子の心はさらにこじれて、かわいさ余って憎さ百倍、遂に政子は息子と嫁に殺意を抱く……。数百年後も時折り新聞をにぎわわす、おろかな母と同じことを政子はやってしまったのだ。