生まれつき両耳が聞こえないハンディを抱えながら、学童野球チームでキャプテンを任された少年がいる。指示や声かけが上手にできずに、「キャプテンも野球もやめたい」と悩んだこともあったが、みんなに支えられて最後まで大役を務めきった。なぜ、彼は頑張りきれたのか。少年と、彼を見守り続けた大人たちに会いに行った。
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「おーい、フウタを呼んで!」
埼玉県越谷市の野球場を筆者が訪れると、監督が20メートルほど離れた場所にいた子どもたちに大きな声で呼びかけた。
みんなが一斉にこちらに顔を向けるなか、ひとり、振り向かなかった少年がいた。
小学6年生の木暮風汰(ふうた)君(12)。同市の学童野球チーム「間久里スネークス」のキャプテンで4番打者。ポジションは主にファーストだが、時にはピッチャーもこなす。昨年は地区大会を勝ち抜き、県大会でベスト8に進出した。
風汰君は生まれつき耳が聞こえない。補聴器をつけると、屋内などの静かな場所では会話ができるが、グラウンドでは難しい。発音も上手にできないことがある。
マスクを外して「こんにちは」と声をかけた際、筆者の口の動きをじっと見ていた。「相手は何を話しているのか」「今、何が起きていて自分はどうすればいいのか」。周囲の情報を目で追うのが風汰君の日常だ。
「お兄ちゃんと同じチームで野球がしたかった」。風汰君は4歳上の兄に続き、小学校入学の直前にスネークスに入団した。父の大樹さん(40)は元球児で、今は独協埼玉高校の野球部監督を務めている。次男も野球を始めてくれたことがうれしい一方で、親としての不安は大きかったという。
母の康子さん(40)は当時を振り返る。
「知らない人とコミュニケーションを取ることがまず大変なのに、さらに走ったり、ボールを打ったり、投げて捕ったりという大変なことを風汰がやっていけるのかと。もし、どこかからボールが飛んできて、『危ない!』って誰かが叫んでも、風汰には聞こえません。そのボールが万が一、頭や顔に当たったらどうなってしまうんだろう。さまざまな不安を感じていました」