「厚生労働省令で人員に関する基準が定められており、必要な数の介護職員がいなければ国からの報酬がカットされたり、運営取り消しとなったりする。是が非でも介護職員の数を確保しなければ、事業を継続できない構図になっています」(高山さん)
訪問介護事業者の倒産が最多となっているのはその証左で、仕事の依頼があっても派遣できるスタッフが揃わず、機会損失が相次いでいる。有料老人ホームや特養といった施設介護においても、やはり人手不足は顕著だ。介護事業所を対象にした介護労働安定センターの調査によれば、訪問介護員などが「不足」していると答えたのが約67%に達した。
しかしながら、待遇面を改善して人手を確保しようとする動きはあまり見られないようだ。
昨年9月、社会福祉法人ライトが静岡市内で運営していた三つの特養の閉鎖を検討していることが表面化し、10月には133人の入居者がすべて転居。11月には職員がほぼ全員退職し、事実上の閉鎖に追い込まれた。同法人の特養で介護スタッフとして働いていた30代の女性はこう証言する。
「私たち職員は、5年以上前から経営状況に疑念を抱いていました。当時の施設長が私たちを集め、泣きながら賞与を支払えない旨を説明したのです。以来、退職するまで一度も賞与が支給されたことはありません」
にもかかわらず、勤務状況は極めてハードで、休日出勤や残業も常態化。やむなく介護の責任者は業界未経験の派遣労働者で頭数を確保するも、「1週間未満で出勤しなくなるケースが多発した」と女性は言う。
サービスを提供する側の人手が足りない一方で、冒頭のように入居者の数が定員に達していないことも経営の足を引っ張った。やはりライトが運営していた特養に介護スタッフとして勤務していた40代女性が語る。
「私は6年ほど前から勤めていたのですが、その当初から100人の定員に対して79人の入所者しかいなくて、大丈夫なのかなと不安に感じました」
前出の高山さんによれば、「特養の場合は入居率が95%以上に達していないと経営が厳しい」という。女性もこう続ける。
「経営陣は施設長に対し、来月までに満床にせよとか、短期入所の稼働率を90%以上にせよとかいった無茶な指令を出していた様子。その一方で、壊れたエアコンの買い替えを許可せず、修理も認めてくれませんでした。入居者のことを何も考えていない証しです」
昨年9月末には職員への給与振り込みが遅延し(10月初旬に支払い)、経営難を危惧して取引先は紙オムツなどの物品納入を停止。11月には給食業者が撤退して入居者の食事を確保できなくなり、ついには運営困難な状況まで追い込まれた。職員にとっては、「会社都合」の退職となったことがせめてもの幸いだ。
無論、こうした施設の閉鎖や倒産は入居者にも大きな被害をもたらす。昨年1月、「未来倶楽部」や「未来邸」などのブランドで有料老人ホームを運営していた未来設計が経営破綻して民事再生法の適用を申請したが、同社は未償却の入居一時金を流用。そして、入居者に全額を返還できない状況に陥ったうえ、流用分はワンマン経営者への巨額の報酬に充てられていたことが発覚して大問題となった。(ライター・大西洋平)
※AERA 2020年2月17日号より抜粋