GLS1阻害薬は既に米国でがん患者に対する臨床試験に用いられ、老化細胞除去薬としても近い将来、実用化が期待されている。中西さんは言う。

「高齢者が働けなかったり介護が必要だったりするのは、病気や老化に伴う衰退が原因です。GLS1阻害薬などによる予防医療が実現し、健康寿命が長くなれば、100歳まで元気に働ける社会が来ると考えています」

 内閣府のムーンショット型研究開発事業には、「眠り」をテーマにした研究も採択されている。この分野のプロジェクトマネジャーを務める筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史教授(62)は言う。

「あらゆる加齢性疾患の根源は睡眠と関係しています。睡眠の状態が悪くなり、睡眠負債(睡眠不足の蓄積)が多くなると発症リスクが高まります」

 これまでの研究で、うつなどのメンタル不調やメタボリック症候群、がんなどの発症リスクと、睡眠負債の因果関係が明らかになっているという。老化制御には睡眠をコントロールすることが不可欠なのだ。

 睡眠時間と死亡リスクにも相関がある。成人の場合、7時間前後寝ている人が最も死亡リスクが低く、これよりも睡眠時間が短い場合は睡眠不足によって死亡リスクが上昇することが疫学調査で分かっている。

 睡眠中の脳波は、ノンレム睡眠とレム睡眠に分類される。全睡眠時間に占めるレム睡眠の割合が少ない人ほど平均余命が短い、との疫学調査の結果がある。レム睡眠の割合が1%減るごとに認知症のリスクが9%ずつ上がる、との論文も発表されている。

「睡眠の前半は深いノンレム睡眠が多く、後半はレム睡眠が増える特徴があります。健康維持には深いノンレム睡眠が大事だと言われてきましたが、最新の研究ではレム睡眠の重要性や機能が見直されています。個人差はありますが、健康に過ごそうと思えば6~8時間の睡眠時間を確保する必要があるということです」(柳沢さん)

やなぎさわ・まさし/筑波大学大学院博士課程修了(医学博士)。米テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授などを経て現職(photo 朝日新聞社)
やなぎさわ・まさし/筑波大学大学院博士課程修了(医学博士)。米テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授などを経て現職(photo 朝日新聞社)

■睡眠と冬眠の解明が老化研究の重要なステップ

 睡眠の量と質を制御する仕組みの解明が、老化制御や健康維持のカギになる、というわけだ。ムーンショット型研究開発事業は2030年までに「脳が必要とする睡眠時間やレム睡眠の割合を調整する新薬のもととなる化合物を突き止める」目標を掲げている。じつはこれについては、柳沢さんらが1998年に発見した神経伝達物質「オレキシン」に作用するオレキシン拮抗(きっこう)薬によって既に実用化されている。レム睡眠を増やす不眠症治療薬の開発への貢献が評価され、柳沢さんは昨年、自然科学分野の国際的な学術賞「ブレークスルー賞」を受賞している。

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