柳沢さんらが今、取り組んでいるのは、より根源的に睡眠のメカニズムを解明していくアプローチだ。昨年12月、その一里塚となる研究成果を英ネイチャー誌に発表した。柳沢さんらは睡眠にかかわる脳内の反応の連鎖を調節し、睡眠の質と量を調整する分子のシグナルを形成する「SIK3」という酵素を発見。SIK3がどのような分子と連鎖を作ることで睡眠を制御しているのか、どの細胞を介して睡眠の量や質を決めているのか、といった連鎖(分子シグナル)の詳細と、この分子シグナルが調節する遺伝子群を世界で初めて明らかにした。また、睡眠の質は大脳皮質の興奮性ニューロンが制御し、量は視床下部の興奮性ニューロンが制御することも突き止めた。
究極の老化制御につながる可能性があるのが「人工冬眠」の研究だ。筑波大学の櫻井武教授らの研究グループが、マウスを人工的に冬眠状態にすることに成功し、20年に論文を発表した。30年までにサルでの人工冬眠の実現を目指している。柳沢さんは言う。
「睡眠と冬眠という二つの『眠り』の解明と操作が、老化研究の重要なステップになるのは間違いありません」
老化研究の社会実装に向けた取り組みはどうなっているのか。慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室特任講師の早野元詞さん(40)が注目する世界の老化制御ベンチャーを紹介しよう。
先駆けは米グーグル社が13年に創設した「キャリコ」だ。寿命をコントロールする因子を研究し、長寿を促進する治療薬の開発を目的に据える。細胞の若返りに取り組む「アルトス・ラボ」は、21年にアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏らから資金提供を受けて設立。京都大学iPS細胞研究所の山中氏も上級科学アドバイザーに就任している。
衝撃的なのは「アルカヘスト」という米国企業だ。若い人の血液を高齢者に注入して若返らせる「ヴァンパイア療法」に取り組んでいる。老年マウスと若年マウスとの間で行った実験では、若年マウスの全身環境が老年マウスの細胞の増殖と臓器の再生能力を改善する、との結果が得られているという。