ボクシングを題材にした作品で芥川賞を射止めた作家と、再び頂点を目指して捲土重来を期す前世界王者。初めて会った2人は、お互いの拳の感触を確かめ合うかのように、「言葉」と「思考」のスパーリングを始めた。
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――対談は、初めてのあいさつもそこそこに、開始のゴングを待つこともなく、ごく自然に始まった。試合に向けたボクサーの心の揺れ動きと成長を描いた『1R1分34秒』(新潮社)で、今年1月に芥川賞を受賞した町屋良平氏(35)と、昨年12月に現役続行を決め、次の試合に向け再起をはかる前WBA世界ミドル級王者でロンドン五輪金メダリストの村田諒太選手(33)。職業的にはまったく毛色の違う同世代の2人は、お互いの興味のまま言葉を重ねた。
村田:ボクサー心理をついた描写が妙にリアルで驚きました。主人公の「夢」がどんどんスケールダウンしていく姿とか。僕は最後のページで、これで彼の「夢」がどこに向かったのか、ということを想像したんですよ。「1R1分34秒」の瞬間に、また「夢」が変わったはず。その姿を考えると、ちょっとニヤッとしてしまうんですよね。
町屋:それはうれしいですね。実は、自分なりに秘めている主人公の今後、みたいなものはあるんです。だけど、それはやっぱり読者の想像に委ねようかなと思っています。
もともと「結果」を書くつもりはありませんでした。自分には、決まった形を読者に提示しない、つまり、結末がどうなるかは書かず、読者が小説を完成させる、という理想があります。だけど今回はあえて1歩踏み出して、ある一つの結論が読者それぞれに導かれるような「一文」を置いた。迷いのなかの終わらせ方だったんですが、書けてよかったです。
――『1R1分34秒』の主人公は、初戦こそ初回KOで勝利を飾ったものの、その後は3敗1分と伸び悩む21歳のプロボクサー。日本王者だった夢は、徐々にグレードダウンして、いまや「次の試合を敗けない」という状態だ。研究熱心で何事も<あたまで考えすぎ>な彼は真夜中に、敗けた試合のビデオを見返しながら、“ありえたかもしれない”可能性を夢想する。そんな日々が、新しいトレーナーとの出会いで変わっていく。