転機になったのは9年前。勤めていた会社を36歳で辞め、父が経営する資産管理会社に入社してから半年くらいたった頃のことだ。中西さんはある入居者の退去に立ち会った。
入居者は、22年間その部屋に住んでいた。すべての立ち会いと確認が終わり、手続きが終了したが、なかなか部屋から出て行こうとしない。
「すみません、もう書類も手続きも全部終わりましたので……あとはもう……」
中西さんはやんわり退去を促した。次の瞬間、返ってきた一言に言葉を失い、立ち尽くしてしまったという。
「うちの子は、ここで生まれて、ここで育って、ここから社会に巣立っていきました」
その入居者にとってそこは単なる部屋でなく、人生の一部分だった。家族と過ごした幸せの空間であり、思い出の舞台だったのだ。中西さんは言う。
「大家というのはただ部屋を貸す仕事ではないんだ。お客様の人生の一部を預かる仕事だ。大家業は、なんて尊い仕事なんだ。そう思いました」
中西さんは、倒れそうなくらい強い衝撃を受けた。
「入居者さんが、いつか、自分は昔あそこに住んでいたなあ、あの木に登って遊んだなあ、そういえば世話になった大家さんがいたなあなんて、遠い将来思い出すことがあったとき、どうかそれが幸せの記憶であってほしい。そうなるようにしていかなければならないと思います」
中西さんの名刺には今、こう書かれている。
「生涯の記憶を飾る居住空間を創造し、お客様の人生に貢献します」
(ライター・吉松こころ)
※AERA 2019年3月18日号より抜粋