物件は間取りや家賃、駅からの距離で選ぶ。そんな常識が変わりつつある。アイデアあふれるサービスで入居者を引きつける大家さんが今、増えている。
【写真】地元の野菜をエントランスで無料配布している様子はこちら
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「無事に妊娠することができました。大家さんのお陰です」
4年前、そう告げられた越水隆裕さん(42)は、自分の家族が増えたかのように喜んだ。
越水さんは川崎市に5棟86室の賃貸マンションを持つ「大家さん」だ。ある日、仲介を依頼している会社から電話が入った。
「30代のご夫婦が家賃を下げてくれないかと言ってきたんですが、どうにかなりませんかね」
越水さんは、すぐに夫婦の元を訪ねた。「なにか不満があるのですか」。そう聞いたところ、夫婦が長く不妊治療をしていること、体外受精にトライしているがなかなか恵まれないこと、貯金も底をつきつつあることを知ったという。
越水さんは普段から入居者との交流に熱心で、たとえばハロウィーン期間は川崎市内でとれた野菜をエントランスに並べ無料で配布する。
「地元でとれたという部分がミソ。こんなにおいしい野菜がとれることを知ってもらい、街を好きになってほしいから」
夏休みには完熟マンゴーを買い込み、「欲しい人は自分の号室を書いて教えてください」とメッセージを張り出す。マンションに行くたびに「203です。お願いします!」「405、やった!」といった書き込みを見るのが楽しみだという。
前述の夫婦から相談を受けた後は、すぐに家賃を1万円下げ、5400円の駐車場代はゼロにした。他の入居者との不公平感が出ないよう、夫婦には電球切れのチェックや、騒音、不法駐車があった場合の連絡係を依頼した。そして半年ほど経って、冒頭の連絡が入ったのだ。
「その時にできたお子さんはもう4歳。ウチの子とも仲良く遊んでいます。賃貸マンションは建てて終わりじゃなく、こうやって育てていくものだと思います」(越水さん)
入居者との交流を大切にする大家さんが全国で増えている。福岡県朝倉市の中西紀二さん(44)は、父親から賃貸マンションを引き継いだ2代目。出張に行けばお土産を配り、入居者が出産すればお祝いを贈る。七夕の飾り付け、バーベキュー、餅つき、パンマルシェの開催、クリスマスのイルミネーション点灯式、バレンタインデーにチョコの配布──。入居者が喜ぶと思ったものはなんでもやってみる。開催するイベントは年10回を超えるという。