「現在、ベースに使用しているのはEGFR抗体ですが、がん細胞に結合する抗体はEGFR以外にもいくつか見つかっていて、すでに分子標的薬になっているものもあります。抗体の種類によって発現するがんの種類もさまざまなので、より多くのがんに広げていけるかもしれません」
臨床試験が先行するアメリカでは、かたまりで存在するがんを小さくする「局所療法」としてのみ、光免疫療法の効果が証明されている。しかし理論上は、免疫に働きかけ、血液中や遠隔臓器などに飛んだがんを攻撃する「全身療法」としての効果も期待できるという。「光免疫療法」と名付けられた理由がここにある。
光を当ててがんの細胞膜が壊され、がん細胞が死滅したあとにも着目してほしい(図参照)。
死滅したがん細胞のかけらを「免疫細胞」の一種であるマクロファージや樹状細胞がキャッチし、外敵と判断。「がん細胞=外敵」という情報を、免疫細胞のリンパ球(T細胞)に伝える。このリンパ球は活性化して分裂し、ほかの場所にある転移したがん細胞も外敵とみなして攻撃しにいくようになる──という理論だ。
同療法の開発者である前出のNIHの小林医師の研究チームは、マウスを使った動物実験を行い、同じ種類のがんを複数箇所に発生させ、そのうち1カ所を光免疫療法で治療すると、他の転移がんも消えたことを確認。医学誌に発表している。
さらに19年1月、研究チームは、光免疫療法と「免疫チェックポイント阻害剤」を併用することで、結腸がんの治療効果が向上することも動物実験で確認できた──と発表した。
免疫チェックポイント阻害剤はノーベル医学生理学賞に選ばれたがんの治療薬だが、効果がある患者は限られている。結腸がんを発症させたマウスに免疫チェックポイント阻害剤だけを投与すると、がんが治癒したのは1割だった。しかし光免疫療法を実施したあとに免疫チェックポイント阻害剤を投与したところ、8割以上のマウスでがんが治癒したという。
国立がん研究センター東病院でも、今後行われる臨床試験で、リンパ球などの免疫系の変化も追っていく予定だ。免疫療法として成果を上げるには、他の薬剤や医療技術などとの併用が検討されることになるという。
「ただしマウスと人間では免疫の仕組みが少し違うので、人間でどうなのかを検証していく必要があります」(土井医師)
現在、転移の予防や治療はまだまだ満足できるものではなく、光免疫療法への期待は大きい。同院にも、がん患者や家族を中心に臨床試験などに関する問い合わせが増えているという。土井医師はこう話す。
「さまざまな可能性を秘めた有望な治療だからこそ、今後試験を積み重ねながら慎重に見極めていく必要があるでしょう。まずは局所治療の効果を確実にし、多くの患者さんに提供できるようにすることが大事です」
(ライター・熊谷わこ)
※AERA 2019年3月11日号