内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
この記事の写真をすべて見る

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 続けて2度、中高生に講演する機会があった。せっかくなので、親も教師も、大人たちがあまり言いそうもないことを選択的にお話しした。学校の講演会ではまず口にされないけれど、子どもたちにとっては緊急に学ぶべき情報は「親の支配からどうやって離脱するか」である。こんな話をした。

 親から離脱するのは成長するためである。父親は自分の子どもがほんとうは何ものであるかについてはげしく勘違いしており、その理解不足ゆえに子どもの成長を妨害する。母親は自分の子どもの弱さや脆さや卑しさを熟知しており、その理解過剰ゆえに子どもの成長を妨害する。父親は進路や就職結婚についてほぼシステマティックに的外れなアドバイスをして子どもをうんざりさせ、母親は子どもたちの非力や無能を熟知しているせいで、子どもたちが身の丈に合わない夢を見ること、野心を抱くことをきびしく禁じる。この部分にはとりわけ女子生徒たちがつよい情緒的反応を示した。

 でも、子どもたちがなすべきなのは「親の支配」からの離脱であって、親を批判することでも、嫌うことでもない。君たちは一度遠ざかった後に、やがて親たちを理解し、受け入れ、愛するようになるだろう。親を適切に愛するようになるためには君たち自身が成熟する必要がある。そのためにはまず一度親から離れなければならない。それが決定的な離脱であれば、一度で十分だし、期間も長い必要はない。けれども、一度は親の大気圏から離脱する必要がある。

 親と子の関係は生涯を通じて何度も変化する。無条件に愛し、信頼している時期があり、煩わしくてたまらない時期があり、不安や気づかいにとらわれる時期があり、穏やかな愛情に包まれる時期がある。親子のつながりは成熟の度合いに従って変遷する。安定的で、親密な親子関係がずっと続くことを理想だと諸君は思っているかもしれないけれど、そうではない。君たちが成長の階梯(かいてい)を一段上るごとに親はその相貌を変えてゆく。だから今親を疎んじる気持ちがあっても、それを恐れたり隠したりする必要はないのだ。

 彼らは僕の話をどう受け止めただろう。

※AERA 2018年11月12日号