稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。著書に『寂しい生活』『魂の退社』(いずれも東洋経済新報社)など。『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)も刊行
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だいぶ編み進む!「糸が引っかかって絡んでりゃいいですから」というヤケ気味な先生の助言が奏功(写真:本人提供)
だいぶ編み進む!「糸が引っかかって絡んでりゃいいですから」というヤケ気味な先生の助言が奏功(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【稲垣さんが制作途中の編み物の写真はこちら】

*  *  *

 前回、「老眼」という容赦のない現実により、「なんか楽しそう~」などと安易に始めた編み物が思わぬ苦行と化したことをご紹介させていただきました。で、お読みになった方はきっとこう思われたのではないでしょうか?

「さっさと老眼鏡買えよ」と。

 当然私もそう思いました。っていうか、ちょっと前に友人が古い老眼鏡を「いらないから」と譲ってくれて、どれどれと試しにかけたら……めっちゃ見える! いやもう魔法としか思えないレベル! モヤついていた小さな文字が一回り大きくなったかのごとくハッキリくっきり! すげーよ老眼鏡と心から感動し、そろそろマイ老眼鏡作らなきゃなあと思っていたところで、この度の事態発生。

 となれば、これはもう間違いなく老眼鏡買う局面でしょうが、まさかの「ちょっと待て」と思う自分がいたのです。

 もしここで老眼鏡を買ったなら、私はこれから一生老眼鏡とともに生きることになるのは間違いない。だってあの「ハッキリくっきり」に慣れてしまったら、老眼鏡のない人生なんて考えられなくなるに違いありません。それのどこが悪いんだと思われるでしょうが、いやね、勇気を出して人生の「必需品」(冷蔵庫、会社など)を一つ一つ手放して、なんだ大丈夫じゃんやっていけるじゃんと開放感全開で生きている者としては、ここでまた新たな「必需品」が登場することには警戒心を抱かざるをえない。そして改めて考えれば、これからもどんどん体のあちこちにガタがきて、それをカバーしようと思えば必需品は増えていく一方にちがいないのです。

 ううむ。

 で、いろいろ悩んだのですが、老眼鏡購入は見送りました。見えないものは無理に見なくていいと強がってみることにしたのです。

 編み物も読書も、明るい昼間にやればよし。できないことを無理にやろうとせず、できることをやって生きていく。閉じていく体に合わせて人生を閉じていく。それでいいじゃないかと自分に言い聞かせる日々。

AERA 2018年11月5日号

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