現在の日本において、ポテトチップスの定番フレーバーとして定着した感のある「サワークリーム&オニオン」だが、ほんの30年ほど前まで、多くの日本人にとってはほとんど馴染みのないフレーバーだった。その「知名度0」を定番にまで持っていった立役者が、「プリングルズ」だ。
朝日新書『ポテトチップスと日本人 ――人生に寄り添う国民食の誕生』(稲田豊史 著)から一部を抜粋・編集して紹介する。
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1994年、P&Gの日本法人によって「プリングルズ」が本格上陸し、日本に成型ポテトチップスのビッグウェーブが訪れた。「成型ポテトチップス」とは、一旦フレーク状にしたジャガイモを調味料などと共に固め直し、チップス形状に成型して調理したものである。
「プリングルズ」の宣伝は徹底的に「ポップなアメリカのスナック」イメージ押しだった。おしゃれなアメリカの若者男女が陽気に踊りながらチップスを食むTVCMや、「開けたら最後。You can’t stop.」のキャッチコピーを覚えている方も多いだろう。どちらかと言えば「子供のおやつとして主婦が買う」ものではなく、当時20代前半だった団塊ジュニアを中心とした若者をターゲットとした商品だった。
結論から言えば、「プリングルズ」は日本でヒットした。ただ、長らくヤマザキナビスコ(当時)の「チップスター」が国内市場で一定の存在感を示していた手前、成型ポテトチップス自体の新鮮味はない。では、なぜ売れたのか?
「サワークリーム&オニオン」フレーバーの存在である。
現在、サワークリーム&オニオン味のポテトチップスは、「プリングルズ」に限らず国内メーカーからも多種類が発売されており、フレーバーの中では定番に近い地位を獲得しつつあるが、そもそもは「プリングルズ」がその先鞭をつけたと言ってよい。
ただ、 1994年当時のTVCMを確認すると、フレーバーラインナップの画面上での日本語表記は「オリジナル(Original)」「オニオン(Sour Cream & Onion)」「チーズ(CheezUms)」となっている。サワークリーム&オニオンではなく、オニオン。これは当時の日本で「サワークリーム」の知名度が低かったからだろう。
食文化に造詣が深く、『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)の著書がある編集者、ライターの畑中三応子も言う。
「当時、サワークリームなんて誰も知らなかった。『プリングルズ』で知った人も多かったはず。現在でも、日本人にとってのサワークリームはボルシチに乗ってるくらいのイメージしかないのでは?」