「君の力で経営陣を説得すればいいだけのことです」
田中さんを信頼しているからこその愛のある激励だった。「やっていいんだ!」と俄然、力が湧いた。人事部門の協力も得て新たな時短制度を取締役会に提案。みなし残業額を時短給に算入するという異例の制度が実現した。今では正社員では100%が育休後に復帰し、時短社員が営業成績トップの部署もある。
「最近、若手から相談を受けたときも『育児との両立は、うちは大丈夫じゃないですか。それより……』と次の課題を相談されて(笑)。ああ、フェーズが上がったんだなって実感しました」
14年には、自身も第1子を出産。WOMenらぼの活動経験のおかげで「復帰後の時短勤務の脳内想定はできていた」。家事分担も完璧で、復帰当初の感想は「楽勝じゃん!」。ただ、夫婦共に繁忙期に当たると、大量に仕事を持ち帰り、子どもを寝かしつけた後に深夜から朝まで仕事をこなし、ついに体調を崩した。
このことをきっかけに、田中さんは仕事も家事も、人にどんどん頼ることにしたという。そして、時短勤務のまま、17年には再び管理職に復帰した。
ただ、難しさもある。メンバーの相談に乗ったり、勉強したりできる時間はがくんと減った。
「フルパワーの自分を知っているだけに『もっとやれるのに』というジレンマは、いまだにあります。でも、ちょっとそんな気持ちがあるくらいがちょうどいいかも(笑)。子育てをしっかりしたい自分を認めた上で、最大限のことをしたいです」
子育ての経験が、以前とは違ったマネジメントにつながっているという。以前は細かく部下に指導するタイプだったが、今はある程度任せられるようになった。また、子どもと同じく、大人も一人ひとり個性が違う。それを大事にして、許せる失敗はどんどんさせて成長させよう、と意識が変わった。
今後の目標を聞くと、田中さんはポンッと柔らかく膨らんだおなかに手を触れた。
「とりあえず2人目を産んでからかな。でもできればまたマネジメントをやりたいです」
新しい命は、夏に誕生予定だ。(ライター・浅野裕見子、編集部・市岡ひかり、熊澤志保)
※AERA 2018年5月14日号より抜粋