「この子は、あなたたちならと思って選んできてくれたんですよ」

 礼子さんはその言葉を聞いて、「息子にはママの笑顔を覚えていてほしい。この子の前ではもう泣かない」と決めた。自分の病室ではボロボロ泣いていても、NICUのドアをくぐる前に、にっこりと笑顔をつくった。

 その夜、名無しのままではかわいそうだと、 夫の丈太さん(55)と一緒に名前を考え、 「希望」と書いて「のぞみ」と名付けた。

 希望くんは呼吸が苦しくなると酸素を吸ったが、そうすると腸閉塞の状態のため腸に空気が溜まってしまう。ジレンマに陥っていた。人工肛門をつける手術も提案された。手術して良くなるなら受けさせてあげたい、でも手術することで死期を早めてしまうのではないか。毎日夫婦で悩み続けた。そして、リスクの高い手術はせずに、お母さんやお父さんとたくさん触れ合うことが、息子にとっていいのではないか、という結論に達した。

 丈太さんは仕事を休んで、希望くんと礼子さんに付き添った。最初の2日間は病院のベンチで寝て、その後は病院近くのホテルに宿泊し、もしものときにはすぐに駆けつけられるようにしていた。11年前の当時はスマートフォンやタブレットなどを持っておらず、大型家電店でノートパソコンを購入し、インターネットで、息子の病気について調べた。

 生後3日目は母の日だった。丈太さんは花屋で花かごのアレンジメントを仕立ててもらった。カーネーションでつくったプードルの飾りをつけ、「お母さん ありがとう のぞみ」とカードも添えた。息子にとって最初で最後の母の日になるとわかっていたから、何か思い出に残ることをしたかった。

 礼子さんは、急な出産で母の日のことなど頭から抜けていたという。お花を見て、母になって初めて母の日を迎えられたのだと、喜びをかみしめた。

 5日目は礼子さんの誕生日だった。丈太さんが病院近くでケーキを買い、家族3人でお祝いした。自分の誕生日と息子の命日が同じにならないことを祈っていた礼子さんは、希望くんがその一日を生き抜いてくれたことがうれしくて、何度も何度も「偉いね」と褒めた。

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