稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
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酒蔵の軒先に飾られる「杉玉」と、記念撮影をしていただきました(笑) (写真:本人提供)
酒蔵の軒先に飾られる「杉玉」と、記念撮影をしていただきました(笑) (写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】酒蔵の軒先に飾られた「杉玉」。アフロの稲垣さんと並ぶと…

*  *  *

 先週のアエラは菌特集。偶然ですが先日、愛飲する広島県の酒蔵で「菌と人」について考えるところがあり、せっかくなので今回はそのことを書こうと思います。

 訪問は2度目ですが、いつも驚くのは蔵の美しさ。大量の米や水を扱う重労働が続くのに、我が台所など比べるべくもなく床も道具も磨き抜かれ、整理整頓も完璧。そんな禅寺のごとき空間で作業を見学し、邪魔になりつつ少々お手伝いをして、夜は蔵人さん心尽くしの料理と酒で夢のように酔いました。そして翌日東京へ帰る途中、何かとても清々しい気持ちがして、これは一体何だろうと考えた。

 で、それは蔵の方々の「おもてなしの心」に触れたせいだと思ったのです。

 私に対してのことだけじゃありません。客が来る来ないにかかわらず、蔵はいつだってピッカピカ。それは、酒を醸す自然界の菌に対するおもてなしなのです。主役は菌。人にできることは、菌に心地よく働いてもらうにはどうしたらいいかを懸命に想像し、できることは手を抜かず一心にやること。金や権力で動かせぬ相手だけに、想像力と献身がすべて。何かと効率と結果だけを求めがちな現代人には全くたやすいことではないはずです。まさに修業。

 それだけに、その姿勢は全てにおいて徹底しているのでした。言葉を交わさずとも相手を見て流れるように作業を進める蔵人さんの動きを見ていると、互いに思いやりと敬意を持って仕事をしていることがよくわかる。菌も人も同じ生命体として、酒造りという目的に向かって進む仲間。

 ああその空間が何と居心地の良かったことか! 相手が何であれ、尊重し合い、できることを精一杯。それでいいのです。そんな日々を過ごせたらそれを幸せという。

 特集を読んで痛感したのは、結局のところ人は菌一つ支配できないということ。それでいいんじゃないでしょうか。手に負えないものは人を謙虚にさせる。それが現代における菌のパワーなのかも……と、にわかに我が台所の床やら壁やらをせっせと拭いてみる。

AERA 2018年2月5日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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