内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
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総選挙が公示された(※写真はイメージ)
総選挙が公示された(※写真はイメージ)

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 総選挙が公示された。選挙のたびに結果を予測しているが、あまり当たらない。外れる理由の一つは投票率がつねに私の予想より大幅に低いせいである。私の眼にはいくつかの政治的選択肢がはっきりと見えるし、それぞれの先に現出する人たちはたぶん「投票しようとしまいと、たいした変化は起こらない」と思っている。あるいは社会はそれ自体に内在する固有の法則によって変化しており、個人はそれに関与できないと思っているのかもしれない。低投票率は組織票を持つ政権与党に有利に働く(かつて「無党派層は寝ていてほしい」と言った自民党総裁がいた。正直な人である)。

 有権者が自分たちは政治過程に関与できない、しても何も変わらないという無力感を持っていると選挙結果が与党に有利に働く。それがわかっている以上、政権担当者たちはできるだけ有権者に無力感を与える政治を行うように努めるようになる。これは論理の経済が要請することであって、政治家個人の 善悪や賢愚にはかかわらない。だから、首相をはじめ与党政治家たちの言葉は(無意識のうちにではあるが)論理性を欠き、説得力を欠く空語に埋め尽くされるようになる。それは聴き手に徒労感を与えるために選択された語法
であって、彼らも好きであんな無内容なことを言っているわけではない。彼らの名誉のために弁疏(べんそ)するが、話に内容がないのは彼らの知性が不調であるからではなく、そうであるほうが選挙結果が有利になると彼らが知っているからである。

 政治が変わるとしたら、それは多くの人が信じているように政策の適否によるのではない。そうではなくて、国の行方について「自分も決定に関与し得る」という実感を国民が持つか持たないかによって決するのである。

 一方に「支持政党なし」層の有権者たちが政治に倦厭(けんえん)感を抱くことで受益する政党があり、他方に彼らが投票所にまで足を運んでくれないと「話が始まらない」という政党がある。無党派層を政治から遠ざけようとする人々と、彼らを政治に呼び戻そうとする人々の間に総選挙の真の争点は存在する。

AERA 2017年10月23日号