ある都内の会社役員男性(66)が、以前数十年勤めた会社の経営者は、九星学をベースにした占術、「気学」に詳しかった。数カ月に一度、吉方へ水を汲みに出かける。社員旅行先や宴会場は、気学に則って決める。「勘弁してくれ」と言いたくなることも起こった。
「出張なら、きみの星はこの方角はダメだ。南にしなさい」
全国出張のある仕事だというのに、時折こんな指示が来る。優先度が低い案件なら従ったが、こっそり「ダメな方角」へ出向くことも多かった。
経営者は社員らが予想しないアイデアを実行し、社内外から切れ者と評判だった。
「気学は統計と言っていたから、多いほうを取る意味では合理的なのでしょう。吉方への水汲みは、厄払い的な意味があったのでは。経営者として才覚があったのだと思います」(男性)
気学が経営に効くかは確かめようがないが、この会社はいまも成長機軸にあるという。
ある占い師は、経営者を多く顧客に持つ。独自の手法で占うのは、主にその人の「こだわり」だ。評判は口コミで広がり、年内の予定はほぼ埋まっている。
「経営者は孤独です。考え尽くしてわからないことも、自分では気づけないこともある。思い込みに気づけば、視野も広がる。そのきっかけとして占いを使っているのだと思います」(占い師)
●占いも情報の一つ
慶應義塾大学の樫尾直樹准教授(宗教社会学)はこう言う。
「未来が不確実である限り、人は不安を抱きます。そして、多くの場合、合理的な判断だけで、決着が得られるとは限りません」
判断を下すための手がかりとして、一部の人には、占いが選択肢に入る。
「あらゆる占いには、二つの視点があります。ひとつは過去が現在にどう影響しているかという因果論、もうひとつは現状を変えれば未来が変わるという目的論。占いを好む人は、後者のポジティブな側面を重視しているのでしょう」(樫尾准教授)
自分で決めかねる関心ごとは人それぞれだ。今日のランチに悩む人もいれば、本のタイトルを決めかねる作家もいる。
「その軽重は相対的なものです。占いやスピリチュアル的なものの指示を重要に捉えるひとかどの人物──経営者や政治家、有名人は確かにいます」(同)
表に出てこないのは、「疑似科学的なもの」を頼りにしていると思われると、名誉が傷つくから。また、こうしたことは職能者との秘密の約束であり、口外すれば効果が半減すると考えられているからだという。
そもそも、占いとは何なのか。