また、阪中さんが過去に関わった学校で、死にたいと打ち明けられたときの対応を尋ねた際の回答でも、自殺予防教育の有効性は明らかだ。打ち明けられた経験のある生徒は当初「スルーした」など非援助的なかかわりが32%だったが、授業5カ月後、全員に「もし打ち明けられたら?」と聞くと非援助的が減り「話を聴く・相談にのる」が3倍近くに増えた。
「体が変化し心が揺れる思春期は、人生最大のピンチです。でも、ピンチのときこそ人は学んで成長するもの。そこを大人が支えたい」(阪中さん)
授業をサポートする養護教諭の小西季代子さんはこう話す。
「授業は年に1度ですが、その後も阪中先生にはいろいろと相談にのってもらいます。家庭の抱えるしんどさは、以前より深く大きいと感じている。でも、子どもたちは自分のしんどさに気づいていないことも多い。友達はいるけれども、話を合わせるのに懸命な感じを受ける。LINEなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の影響が大きい」
大勢に受け入れられ「いいね!」と承認されなければ生きていけない。そんな閉塞的な人間関係のなかで生きる彼らに「大丈夫だよ」と寄り添う時間が、この授業なのかもしれない。
西ノ岡中学校の田中尚敦(たかのぶ)校長は「何か思いのある子、背景のある子など、すべて踏まえて、阪中さんは子どもたちの前に立っている。私たち教員が授業を見て学んでいます」と手応えを感じているようだ。
●大学生だって要注意
夏休み明けに不安定になるのは、高校生までだけではない。
筑波大学保健管理センター所長として学生の自殺予防にあたっている精神科医の太刀川弘和・同大学医学医療系准教授は、自ら命を絶ったり、心を病んだりする若者が多い理由のひとつに、「ソーシャルスキルの弱さ」を挙げる。
例えば、子ども同士で遊ぶと、けんかも起きる。親や教師が間に入らない状態で、自分がやったことに向き合い葛藤すれば、仲間と再び関係を取り戻す。けんかを見ていた他の子に諭されるなどし、互いに支え合う術や社会性を体得していくはずだ。
ところが、学校生活のなかでその機会は与えられず、小・中・高の問題が、そのまま大学生の問題に棚上げされている、と太刀川さんは感じている。
「学校教育は、そのほとんどが一斉授業で進められ、問題解決能力を磨くプログラムはあまり見当たらない。そのなかで、集団行動の意義やルールは教えられるが、個々の考えや価値観を尋ねられることはあまりない。人間のソーシャルスキルの土台は子ども時代の遊びのなかでしか養われないということは、さまざまな研究で明らかにされているのですが……」
少子化で地域が機能しないうえに、都市部では中学受験や早期教育で塾や習い事に忙しく、放課後遊びの経験が十分できない現状もある。
太刀川さんはこう呼びかける。
「教育機関は自殺をタブー視し、予防教育によって何か起きたら、と心配するのが先に立っている。まずは中身を知ることから始めるべきです」
(ライター・島沢優子)
※AERA 2016年9月19日号