

街に点在する作品を見て回り、疲れたらカフェの代わりに湯船で一息。考えるだけで癒やされそう。大分県で行われているアート×温泉のイベントに注目した。
100円玉を木箱に入れ「女湯」と書かれた引き戸を開けるとそこは、10人も入ればいっぱいになりそうな共同浴場。内壁に、画家・大平由香理の手になるピンクの由布岳が鮮やかだ。
「華やかになっていいわねぇ」
常連らしい50、60代とおぼしき女性3人が、湯船の中から愛でる。よそ者の私も服を脱いで、そろりと交ざってみた。
「これ由布岳みたいですね」「そうそう、男湯には鶴見岳が青く描かれてるらしいよ」「そっちも見たいねぇ(笑)」
話すうち、ピンクの山峰にかすみのような湯気がかかり、さらに幻想的な世界へと誘われる。ここは大分・別府。別府現代芸術フェスティバル2015「混浴温泉世界」を開催中だ。
近年、土地特有の魅力をアートを介して再発見しようという芸術祭が増えている。大小を問わず合計すると、その数は2千とも言われる。一方、日本には3千カ所以上もの温泉地があり、芸術祭が温泉地に当たるのも不思議ではない。
点在する作品を見て回る間に、カフェで一服するように温泉でひと風呂浴びれば、疲れた体を癒やしながら作品に思いをはせることができる。芸術祭が開かれるのは主に夏から秋の軽装の時期。服の着脱は楽だし寒くもない。身も心もほぐれて感受性が豊かになるからか、鑑賞体験の印象はより強く残るという。
「混浴温泉世界」ディレクターの芹沢高志はこう話す。
「もともと共同湯は住民の外湯になっていて、家の廊下のように半裸で路地を歩く人もいます。お客さんもアーティストも社会的衣服を脱いで裸の付き合いをせざるを得ない。自然と違いを認め合うことになるんです」
別府でホテルニューツルタを経営する鶴田浩一郎は、「アートを目的にいらっしゃる20~30代の女性が増えた。呼び込むのが難しかった客層です」と言い、会期中に別府を訪れていた30代の女性はこう話す。
「家族で来たことはあったけど、路地裏にいい温泉があるなんて知らなかった。地元の人に昔の話を聞くこともなかった」
※AERA 2015年9月21日号より抜粋