

延長十二回裏、1死走者なしからの初球だった――。
「少し中に入ってしまった」
山梨学院の左腕エース・相沢利俊(かずとし)の140球目の直球を、熊本工の7番・山口環生が捉えた。
10日の第101回全国高校野球選手権1回戦。2―2の同点で、観客の多くがタイブレークを覚悟したときだった。
「入るな」
高々と上がった打球を見つめながら、相沢は念じた。しかし、無情にも打球はバックスクリーンに飛び込んだ。
「入った瞬間、頭が真っ白になった」
しばらくぼうぜんとしていた。負けをかみしめると、マウンド上で涙があふれ出した。
三回まで無失点と上々の立ち上がりだった。四回、2連続適時二塁打を浴びて同点にされた。だが、五回以降は、サヨナラ本塁打を打たれるまで3安打に抑える上出来のピッチングだった。
これまで練習試合ですら、1人で1試合を投げ抜いたことはなかった。この日も、回の途中で足がつった。しかし、そこでの降板は不本意だった。
「球数は全く気にしなかった。技術どうこうというより、強い気持ちを持つことだけ考えていた。延長に不安はありませんでした」
昨夏の高知商との1回戦で、3番手として六回途中から登板した。だが、1イニングを投げて、被安打5、3失点で逆転を許し、負け投手となった。
「昨年の夏、甲子園で先輩の夏を終わらせてしまったといっても過言ではなかったので、今年こそはと思っていたのですが」
一球に魂を込めて投げ切った。悔いはない。主将として、最後まで先頭に立った。サヨナラ弾直後の試合後の整列、アルプスへのあいさつ――。
「最後まで、誰もが憧れる存在でした」
そう語る2年生捕手の栗田勇雅と、試合後にクールダウンのキャッチボールをした。
「ありがとう。来年戻ってこいよ」
ずっとバッテリーを組んできた後輩へ最後にこう声をかけた。(本誌・田中将介)
※週刊朝日オンライン限定記事