イラスト/阿部結
イラスト/阿部結
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 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「男らしく」。

*  *  *

 東海道線というのは、なかなか辛い電車である。

 すでにご案内の通り大センセイ一家は引っ越しをしたのだが、転居先は東海道線沿線のある海辺の町だ。

 この町には電車と名のつくものは東海道線以外に走っておらず、東京に出るためには約1時間、東海道線に乗らなくてはならない。

「1時間といったってどうせ座れるんだから、本でも読んでいけばむしろ優雅だ」

 そう考える人がいるかもしれないし、大センセイもそう思っていた。だが、東海道線はそんなに甘い電車ではなかったのである。

 転居後初めて取材で東京へ行く日、かなりの余裕を見て7時少し過ぎの電車に乗ったのだが、座席はすでに満杯であった。小田原あたりから東京方面に通勤する人が、結構多いらしい。

 仕方なく、4人掛けのボックス席の真ん前で席が空くのを待つことにした。ボックス席の向かって右側手前に、横浜にある大学のトレーナーを着た学生が座っていたので、少なくとも横浜駅では座れるだろうと踏んだのである。

 ふと、あるキャリアウーマンにインタビューした時のことを思い出した。

 彼女は平塚から東京の新聞社に通っていた。フェミニストの彼女は、その新聞社で女性として初めて部長に昇進した人物であり、出産ぎりぎりまで取材記者をやっていたという。

「私、東海道線で通勤していたんですけど、臨月でお腹がこんなに大きくなっても、席を譲ってもらったことはただの一度もありませんでした。仁王立ちになって、歯を食いしばって通勤し続けたんです」

 隣駅に着くとサラリーマン風の中年男が乗ってきて、大センセイの右側、つまり学生の座っている側に立ち、ピタリと体を寄せてきた。

「なんなんだこのおっさんは。男専門の痴漢か?」

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