SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「カンニング」。
* * *
学生時代の知り合いに、カンニングに血道を上げている人物がいた。名前はたしか、サガワ君といった。
それほど親しい間柄ではなかったが、スラリと背が高かったことと、いつも脱力したようなニヒルな話し方をしていたことをよく覚えている。
サガワ君は天下の灘高校の出身者であった。そして、灘高校を卒業して東京大学か京都大学に進学できなかったということは、「人生、終わった」ことを意味するのだと、よく言っていた。
そのせいか否か、彼が編み出すカンニングの手法には、もともとの頭のよさから来る周到さと同時に、いかにも世の中をナメた感じがにじみ出ていた。
まず、一年生の前期試験でサガワ君がトライしたのは、ドイツ語の単語の活用をすべて鉛筆に書き込むという手法であった。
「これ見てみ」
と言いながら彼が見せてくれた平たい筆箱の中には、ほとんど使った形跡のない同じ長さの鉛筆が5、6本並んでいた。
一見、何の変哲もない筆箱であり、鉛筆である。
「転がしてみ」
言われるままに六角形の鉛筆を転がすと、ひとつの面だけが美しく削り取られており、むき出しになった木肌に細かな文字がびっしりと書き込まれていた。
ich bin.du bist.……
「第二外国語なんてな、世の中に出て使うことなんて、絶対にないんや。こんなもん覚えるのアホやで」
後期試験が近づいてくると、サガワ君はなぜか髪を伸ばしはじめた。同じ灘高校出身のオオウチ君が、その目的を教えてくれた。
「あいつ、一世一代の大勝負打つんや」
なんでも、試験の模範解答をすべてカセットテープに吹き込んで、それを試験会場で再生しながら、解答用紙に書き写す算段だというのである。
「サガワな、ヘッドフォンの紐を背中から首の後ろ通して、耳に入れるつもりなんやて。首の後ろと耳を隠すために、髪の毛伸ばしてんねん」