吹き返す強風の中で思い出した寺山修司の言葉(※写真はイメージ)
吹き返す強風の中で思い出した寺山修司の言葉(※写真はイメージ)
この記事の写真をすべて見る

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「落書き」。

 学生時代、自転車で東北地方を一周したことがある。

 夏休みの終わりごろ川崎にある自宅を出発し、太平洋岸をひたすら仙台まで北上して、盛岡、角館を経て秋田に出た。

 秋田から、今度はひたすら日本海岸を南下したのだが、国道七号線を走っているとき、国道のはるか先の方から台風が北上してくるのが見えたのである。

 夏の日差しで乾ききったアスファルトを黒々と濡らしながら、豪雨がこちらに迫ってくる。強風で砂塵が巻き上がる。文字通り“目に見えて”台風がやってきたのだ。

 なんとか雨に濡れるのを回避しようと国道を離脱して、雨宿りできる場所を探した。すると海岸に小さな駐車場があり、その一角に公衆便所が見えた。

「あそこしかない!」

 駐車場は海面からかなりの高さがある断崖の上にあって、公衆便所はその駐車場から海に張り出す形で設置されていた。

 おそるおそるドアを開けてみると、その個室ひとつ切りの公衆便所は凄まじい仕組みを備えていた。

 なんと、和式の便器穴から細長いパイプが下に向かって真っすぐ延びており、その先端に丸く切り取られた海面が見えるのだ。

 この「直下式」とでも言うべき公衆便所の中で暴風雨をしのいでいるうち、大センセイ、こともあろうに催してしまった。

「ここですんのか?」

 外は暴風雨である。他にどこがあると言うのか。

 決然として便器にまたがると、わが分身はみごと海に吸い込まれていった。それを確認してほっと一息ついたそのとき、悲劇が起こった。

 パイプの中を、いったんは海面近くまで降下して行ったちり紙たちが、断崖を吹き上がってくる強風に押し返されて、個室の中に逆流してきたのだ。

「うわっ、やめろ、汚い、あっち行け、うわーっ」

次のページ