年金制度への不信感が一気に膨らんでいる。現役の厚生労働大臣が、年金受給の開始年齢を大幅に引き上げる案を突然示唆したのだ。われわれの年金は大丈夫なのか。だが、老後に備えている人は多くない。「老後破綻」しないために、今すぐ自分の老後は自分で守る知恵をつけたい。
「個人で選択できる公的年金の受給開始年齢を75歳程度まで広げることを検討していきたい」
5月11日のNHKの討論番組で、田村憲久厚生労働大臣が発言した内容が波紋を広げている。
東京都内の女性会社員(32)はこう憤るのだ。
「平均寿命が延びたといっても、人間、いつまで生きられるかわかりません。なのに、年金を受け取れる年齢を75歳まで繰り下げるのは、ギャンブルみたいな話。国民をバカにしているとしか思えません」
こんな声が上がるのも無理はない。公的年金の受給額は、今年4月から0.7%減額されたばかりなのだ。
すべての人が加入する国民年金(老齢基礎年金。保険料を40年間支払った場合)は、3月までの月額6万4875円から6万4400円に。会社員が加入する厚生年金の世帯(会社員の夫が平均的収入で40年間働き、妻が専業主婦の場合)では、同22万8591円から22万6925円に引き下げられた。
過去の物価下落時に支給水準を高く据え置いた状態を是正するためとしているが、国民の年金に対する不信感が広まるなかでの田村厚労相の発言。受給開始年齢を繰り下げるのはあくまで「本人の選択」とはいうものの、「年金支給を“一律”75歳に繰り下げる」と受け取る向きも多かったようだ。
今回の田村厚労相の発言の「真意」はどこにあったのだろうか。
関西学院大学の上村敏之教授(社会保障論)は、こう推測する。
「5年ごとに年金財政の長期的な見通しを行う『財政検証』が今年6月ごろに出るといわれています。田村厚労相にはすでに、年金財政は相当厳しい状態にあるとの情報が入っているのかもしれません」
つまり、事前に受給開始年齢の引き上げを匂わせることで、「年金財政の厳しさを国民にくみとっておいてもらいたい」という狙いがあったのではないかというのだ。
ただ、受給開始年齢の繰り下げはデメリットばかりではない。
現在、老齢基礎年金の受給開始は原則65歳だが、本人の選択で60歳まで早めたり、逆に70歳まで遅らせたりできる。受給を早めた場合にはひと月ごとに0.5%減り、遅らせた場合は0.7%増える。
老齢基礎年金(満額)の月額6万4400円を基準に計算してみよう。60歳に繰り上げた場合の毎月の受給額は、30%減の4万5080円。70歳に繰り下げた場合は、42%増の9万1448円となる。
では、75歳まで繰り下げたとしたらどうか。現行の0.7%増で計算すると、65歳受給より84%増の11万8496円となり、2倍近い金額になる。
ここで重要なのは、年金額が増えることだけではない。75歳まで繰り下げた場合に、何歳まで年金をもらえば(何歳まで生きれば)、65歳からもらい始めた場合の年金額を上回って元が取れるかという「損益分岐点」を考えないといけないのだ。
試算した「家計の見直し相談センター」のファイナンシャルプランナー、藤川太氏が語る。
「受給開始を65歳から70歳に繰り下げた場合は『81歳』いっぱいまでもらえば、65歳から受給を始めた人の年金額を上回ります。つまり、81歳が損益分岐点になります。同様に75歳まで繰り下げた場合は『86歳』が損益分岐点です」(藤川氏)
つまり、75歳まで繰り下げると、86歳まで生きないと元が取れないのだ。
※週刊朝日 2014年5月30日号より抜粋