4位の順天堂大は優勝2回、2位1回。2001年、駒澤大とのデッドヒートを制して優勝。その後、シード権を獲得し続けた。2005年、「山の神」と呼ばれた今井正人が5区の山登りを驚異的なスピードで突っ走り、11人を抜いて15位から4位に盛り返した。最終順位は5位だったが、以後、今井の存在は他校にとって大きな脅威となった。2007年、今井が4年のときに優勝を果たす。だが、2008年、まさかの途中棄権。2009年は19位、2010、2011年は予選落ちするなど低迷し、最近は優勝候補にあげられることが少なくなった。
5位の青山学院大は優勝4回、2位1回。順位が低いのは意外かもしれないが、2008年までは本大会に出ていない。2009年に33年ぶりの出場を果たし、2010年からシード権を獲得し続けている。駅伝強豪校になったことで、青山学院大のイメージは少し変わったかもしれない。2016年、三木義一学長(当時)がこんな話をしている。
「青学生はとかく『チャラい』という言葉で形容されます。どちらかというとネガティブな意味で使われてきましたが、私はほめ言葉として捉えています。箱根駅伝で活躍した学生たちが象徴的でした。彼らは陰で大変な努力をしていますが、本番はのびのびと楽しみ、好成績をあげても努力をひけらかすことはありませんでした。優勝後のコメントはスマートでウイットに富んでいました」(「広告朝日」2016年2月26日)
続いて、(2)2001年、2006年、2011年、2016年の5年ごとの優勝校を見てみよう。
2001年。21世紀最初の優勝校は順天堂大だった。もっとも往路は中央大が制し、復路で順天堂大がひっくり返した形だ。優勝争いは最後までもつれ、最終10区でライバルの駒澤大を逆転して栄冠を勝ちとった。世紀の変わり目の4年間、順天堂大と駒澤大はデッドヒートを繰り返していた。
1999年 1位順天堂大、2位駒澤大
2000年 1位駒澤大、2位順天堂大
2001年 1位順天堂大、2位駒澤大
2002年 1位駒澤大、2位順天堂大
なお、2001年には初出場校として平成国際大、国学院大の2校が箱根を走っている。