ロッキード事件という世界的な汚職事件が社会問題になり、「いっさい、記憶にございません」という言葉が流行語になった時期でした。
それからはあっと言う間で、各高校で「絶対に『生徒会連合』に関わってはならない」という厳しい指導がされて、一年弱で、『愛媛県高校生徒会連合』は無くなりました。
その時、作った本は結局、どこにも配れないまま、今でも、ある高校の生徒会の書記だった女性の家にあります。
さて、ピックさん。長い話をしてしまいました。
僕はこの時から今まで、ずっと無意味としか思えない厳しい校則に対して怒っています。
日本の校則に根拠はないのです。リボンが「白なんてちらつくし、教える側の集中力もそぐ」なんて言葉は、正気の大人が言う言葉ではありません。
もし、民間の会社で「女子社員のリボンの白は、ちらつくし、集中力をそぐ」と発言した上司がいたら、「疲れているんだね。休んだ方がいいよ」と心配されるでしょう。
アメリカにも、もちろん校則というかルールはあります。でも、それは「銃、ナイフは学校に持ち込んではいけない」とか「下着姿で学校に来てはいけない」というものです。銃やナイフを持ち込むとケガ人や死人が出る可能性があるし、下着姿で教室にいると、あきらかに男子生徒は困ります。ちゃんと根拠があるのです。
でも、リボンの色が白になっても誰も困りません。なのに、先生達は「かたくなな校則への執着」を見せるのです。ピックさんが疑問に思うのももっともです。
「やっぱり昭和に学校が不良ばかりですごい荒れた時代があったからなんですか?」とピックさんは聞きますが、違います。
「生徒指導困難校」とか「教育困難校」と呼ばれたりしますが、こういった高校は昭和の時代も令和の時代もあり、全体から見ると少数派、一部です。
けれど、無意味に厳密な(場合によっては、「ブラック校則」と呼ばれる)校則は、日本の高校、ほとんどすべての高校にあります。厳しい校則が荒れた結果なら、日本のほとんどすべての高校に荒れた過去があることになります。そんなバカな、です。