と、ここまで書いて突然だが、私は1カ月ほど前から金髪に限りなく近い感じの髪色にしている。誰かと会うと、ギョッとされることも多々ある。自分の髪の色は自分で決めることだから、「ギョ」も引き受けている。つまり誰がどんな服を着ようが、それはその人の自由で、好きにしていいに決まってる、と思っている。
のだが、宮崎さんの着物について書いている。彼女がどこに何を着ていこうが、それは彼女の勝手なのだが、今回はちょっと違うと思うのだ。「懇談会」とか「審議会」って何? そこのメンバーに選ばれるってどういうこと? 4月1日の彼女を見てそんなことを考えたから、その話を書く。
まず整理するなら、「元号に関する懇談会」は有識者が新元号について話し合う場であって、政府の決定を追認する場ではない。本郷教授は「壮大な忖度会議」と表現し、同じ番組でテレビ朝日の玉川徹さんは「政治ショー」と言っていたけれど、本来的には「討議の場」だ。討議の場に着物で行ってもいいのだが、あの日の宮崎さんは、紅白歌合戦に振袖を着て出演する審査員のようだった。
紅白における女性審査員の振袖率は高い。「国民的番組で、しかもお正月直前ですから」着物を選ぶ、ということだろう。活躍する女性アスリートはしばしば審査員に選ばれるが、振袖がお約束のようになっていて、大変そうだなあなどと思いながら見ている。
その点、宮崎さんは本場大島紬大使だから、ふだんから着物を愛用しているのだろう。慣れた着こなしなんだとは思うが、そういうことと関係なく、なんとも「審査員感」が漂っていた。つまりは、当事者でない感じ。
紅白の主役は歌手だけど、「歌合戦」という形にするために審査員がいる。それと同じように決めるのは閣議(トップが内閣総理大臣)だけど、「有識者の意見を踏まえた」という形にするために「懇談会」がある。そのことを、宮崎さんの着物が表明してしまっているように感じたのだ。
最初から「記念」っぽい参加の仕方。本気でない感じ。よろしくない。そう思った。