ルネサンス期の画家が乳児の足指などいかに注意深く観察しているかがわかる(写真:getty images)
ルネサンス期の画家が乳児の足指などいかに注意深く観察しているかがわかる(写真:getty images)
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『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析。今回は、ゴシック期やルネサンス期絵画のイエス・キリストから、乳児の足を「診断」する。

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 昨今はE-mailの普及で外国の友人たちからのクリスマスカードが激減した。こちらも送る手間が省けるといえばそれまでだが、一寸寂しい気がする。過去に貰ったカードを整理してみると、クリスマスツリーやサンタクロースとトナカイがお決まりだが、古今の「聖母子像」や「三王礼拝」の名画も多い。聖母マリアの膝に抱かれるイエス・キリストは礼拝堂の祭壇画の定番でもある。

 中世以来、画家はマリアには理想の美女を描いてきたが、幼いイエスに無邪気な可愛らしさと神々しい威厳を描くのはなかなか難しい。13~14世紀のゴシック期の画家であるチマブーエやドゥッチョは、金屏風のような背景の前で聖母に抱かれたキリストを描いているが、その表情は妙に大人びている。だが、フィリッポ・リッピからラファエロにいたるイタリア・ルネサンス画家は、奥方や愛人を聖母のモデルにし、イエスも実際の乳幼児をモデルにしたらしく自然な姿で描かれるようになっていた。

■反り返る足の裏「バビンスキー反射」

 1978年、ボストン小児病院の小児神経医ConeとKhoshbineは、ルネサンス、フィレンツエを代表する画家ボッティチェリ(1445-1510)の1468年ごろの作品「天使に囲まれた聖母子(Madonna col Bambino e due angeli di Sandro Botticelli)」のイエスの右足に、「バビンスキー反射」が見られることを指摘した。

 バビンスキー反射とは、足底の外側を打腱器の柄やペンで踵から足指の方へこすり上げると足母指(親指)が背屈し他の指が扇形に広がる現象をいう。大人では大脳から脊髄など中枢神経系の出血や腫瘍、変性などによる病的所見だが、抑制性ニューロンが未発達な小児では1~2歳まで正常にみられる。ボッティチェリの聖母子ではマリアは右手に緩やかにイエスを抱き左手の親指で児の左足裏に触れ、イエスの左母趾は反り返り他の趾は開こうとしている。

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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