■下肢の切断が間に合えば
もう一つ、感染症屋として残念なのは、化膿した下肢の切断が受傷後2カ月近くたっていることである。抗菌薬のない当時としては壊死した下肢の切断はやむを得なかったであろうが、既にエーテルによる全身麻酔や手術部位の消毒と無菌法、血管結紮(けっさつ)による止血法は確立しているので、もっと早い時期に手術を行っていれば十分救命できたと思われる。手術が遅れたのは、高官である大村の手術に勅許が必要であったためとされているが、彼の延命を喜ばない反対勢力の妨害があったかもしれぬ。
いずれにせよ、彼が長命すれば帝国陸軍の創設は権威主義的な山縣有朋でなく、よりリベラルで軍人の政治介入を嫌った山田顕義が担い、太平洋戦争までの日本の姿も変わっていたことであろう。
◯早川 智(はやかわ・さとし)
1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など。